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0485 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 485 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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の際拓本を取り得る工人が居らず、そして石を持ち去ることが許されなかつたので、此等の文字は極めて忠實にで
はあるが、筆寫したものを、拓本といふものを見ることの出來るのは、學界の幸であらねばならぬ。乍も角かくして朧氣ながらも、
従来殆んど知り得なかつた契丹文字といふものに接する時、何人も先づ考へることは、果して之が契丹文字であるか、言ひ換ふれば如何に
して之を契丹文字と見做めたかといふ疑問であらう。之についてはいかなる説明も無いやうであるが、思ふに之を契丹文字と
道宗陵から出た懿德皇后の墓誌であることから、目見の理としてかく定めたものであらう。この陵が遼の道宗の墓
であることは、之と共に出たと記さるゝ漢文の墓誌銘を公けにした Li Ker
氏は漢文の陵墓銘については、たゞそれが存在した事實の外、何等實及べることのない此の報告があが、それには明
かに道宗の陵墓銘に関する文面の存することを信じて宜しいものと認める。且また此等の「陵墓」三宗の陵墓は
前記 Mülle 氏の論文の「陵陵」といふ章に、詳細の記事があり、遼史の記事と照らし合せて、之が三宗の陵墓な
ることに於て疑無からしめてあるから、此の墓誌の文字を何等の證明無しに、直ちに契丹文字と見ることも、
必ずしも咎むべきではあるまい。

此の契丹文字の資料を得て、直ちに之を讀過することとは無論不可能である。之が嘗には更に多くの資料と、こと
にかゝる研究に於て缺く可らざる鍵ともいふべき、既知の文字言語で對譯した資料の發見を得たれたらのので、
此の點から見ても余輩は之と共に存在した漢文の墓誌の提供せらることを熱望して止まない次第である。今此の

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