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0489 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 489 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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あることは、これが女眞文字で、然も當時倡は小字の製せられざる時であるから、その大字たるを證するに充分で
あるといふのは、誠に道理のある考へ定めるならば、金字、政は同一の元字を多く有する契丹文字を讀するに充分で
記と同様にまさしく楷體で書かれ、且つ郎君行記に見ゆるものと全然同一の文字、政は同一の元字を多く有する契
丹の墓誌の文字をも、また女眞の大字と見なければならぬことになる、しかし此の墓誌の書かれた時には絶對に有り得ぬ契
ざることで、遼の道宗についていた天幕が即位したのが一一〇一年の事であるから、此の墓誌の書かれた時には絶對に有り得ぬ契
女眞字は製作されてゐなかつた時であらねばならない。若し大事考とれば、此の陵墓が遼の道宗のものでなく、金
に、女眞の文字を用ゐたものと見るのは到底考へ得られない。乙については述べ、如陵墓が遼の道宗のものでなく、金
代のものではないかと疑つて見るべきであらうが、乙については述べ、如陵墓が遼の道宗のものでなく、金
るから、かゝる疑義は萬々存しない。そうすれば今日に於ては、契丹文字にも楷體のものも有つたことを認めなけれ
れならぬ。そして金では女眞文字の製せられた後も、契丹文字は尙引續いて用ゐられ、如楷體のものも有つたことを認めなけれ
になつて、始めて國史院の契丹文字を專脩するものを罷めたのであるから、
れた僧侶の文字が女眞字の隸書に出でたことを記しているのは、少くとも奇蹟しも怪しむには足りない業である
一陵墓の文字が初めて契丹文字が漢字の隸書に出でたことを記しているのは、少くとも奇蹟しも怪しむには足りない業である
陶宗儀が初生を掌損して、遼代の記録に於ては見當らないやうに思ふ、然らば、陶宗儀は何に據つて上に引いた如
く、隸書が初生を掌損して、遼代の記録に於ては見當らないやうに思ふ、然らば、陶宗儀は何に據つて上に引いた如
陶宗儀が初生を掌損して契丹字數千を製せしめたと書いたのであらうか、多分據は有つたこととはあらうが、然も
隸書が初生を掌損して契丹字數千を製せしめたと書いたのであらうが、多分據は有つたこととはあらうが、然も
或は單に燕北録所載の文字に鑑み、而してまた女眞字が隸書に依倣したものであるとの記事に鑑みて、かく書きつ

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