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0493 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 493 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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も存しないと思ふ。文字の數の少ないのは、必しも回鶻字の如く僅少な母音字音字から成つたものと見
る必要はない。所謂元字は音も兼ねは符合で、之を漢字の楷書風に組み合せてシラブルを寫し、其の上に漢字と同
様に意字をも併せ用ゐるためであるが、尙且つ大字に比すれば其の數は少く、然も言語の體が回鶻字には惡く備は
つて、一定の方則で實い用たものによつて證明せられる。若し前記際洲語學者の考へるやうに、小字には之れまで
して、それがいつか實際遺物によつて證明することがあらばこれまでは近も角の考へるやうに、燕北錄所載の五字は、
を扱ひたい。それが全く體を別にし、またかる構成を異にしたと思はる。所謂大字と認め
なければならぬことに成る。從つて之は全く副朝認察府博物館所藏の鏡の文字がやゝ豐體を借りて漢字に類し、そうして女貞文字と
して知らるゝものとは違つて居ることを記して置いたが、既に女貞文字に非ずして漢字に類し、然も新出の楷體契
丹字と相異つた體鑑である以上は、之をこゝにいふ契丹の大字に属するものと見て過らないであらう。

羅振玉氏はまたその古鑑圖錄卷下に、金源國書鏡として、圓形の鏡の裏に、
なる女字二十七字ばかりを刻したものを載せてゐる。これにも矢張り何等の説明も見えないが、漢字の楷體に類して字畫非常に複雑
博物館に収蔵してゐるものであらう。氏がかく載せてゐるのは、これは朝鮮李朝
る博物館に因つたのであるあらう。兩者を比較して見ると金源國書鏡と名づけたのは、思ふにそこの文字が郎君行記の文字に似て
字に至つては、同一のものも少くない、此の點から之を金卽ち女貞の大字(羅氏の所謂金源國書)は、金の大字を指
したものと解する)であると見るのは、從来の説に基いた考として無理ではない。從つてもし郎君行記を契丹文字と

四三二