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0530 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 530 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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なつて現はれるときには、常に一種の形式のもとに統轄せられる、そうして宗教には名々の形式があるが、言ひ換ゆれば個人の信念は社会的現象として個々の宗教のもとに属するのである。シャマン教が一つの宗教と云ひ得るかどうかは茲に云ふべき限りではない、只所謂シャマン教の信仰に伴ふ形式に対して最も普通なるシャマン教の名を冠するに過ぎぬ、敢て形式と云ふ所以のものがなかいからである。(あるかぬ、シャマン教それ自身に別段の教條の規定せられたるものがないとも云ひ、巫人なものがといふことも、人と人の信仰等しの間に立つて両者を相通ずる所から起こったものかといふ、かいるところから満洲邊の巫人の司る宗教(?)をシャマン教と云ひ出したのがもとであるといふことである。そしてこれをカム (Cham) といふ者に居るもので、ルルキーはカムを成吉思汗などの汗(Kham)と同じ語のがある、土耳古、及びシャマスールタ、ルルキータはカメン (Kamen) と居るこうだ、即ち是等はカム民族のカム (Kam)、即ち醫師、野師、に等しく等しも、満洲語の間にひろがれる同一の言葉なので、満洲では前述のカムが野師とか、醫師とか、天術者と云ふ意味をもてるとともに、満洲語チュア (Chituca) と云ひ、満洲古語のカムが野師とか、シャマスと云ふて居るこうだ、天術者等の意味のあるが、これは明かに謂つくも同じで居るもので、
カムがとりもつ、蒙古の宗教も即ち所謂シャマン教に外ならんのである、満洲のシャマが神人の間をとりもつ等しく蒙古語のシャマ即ち巫人も同様の意味にすぎないのである、満洲語では
なことに興かる、人間を為せシャマとかカムとか云ふのであろうか、既に先輩の説があるかどうか知らないが、自分