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0534 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 534 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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されてしまったことがある。またかつて汗の子が生れて巫者がその命乞く立派な君主になるのをとしたにも拘はらず、斬くして死んでしまったので、母なる人が悲嘆のあまり巫を責めたこともあった、巫者はこれをもまた呵びの罵めだとして早速に死んでしまったのである。至ては、気候の頗を欠て此な暧その節に合はなかった人があるを定めて或人に負はしめ、そうしてこんな犠牲に挙げられる人はもとより彼等に注目して居る人々の所骨に帰して寒である。支那宮廷の内部に官官の勢力を注意せればならぬと思ふ。そして蒙古の社會の裏面にはその信仰状態には即ち其人の勢力の消んだ居つたことを能くく承知せればならぬのか。蒙古の勢力の出現は、勿論である。

なほく巫人の古くの方法等について東西古今を比較して絃続して見たいと思ふけれどもあまりくだしいからこれは止める。荒涼無邊の境に水草を逐ふて、朝に暉く旭光に接し夕に燦星を仰ぎ、雷電風雨に膽をひやし旅俗習慣の一部である。今の有様は旅行家た記録によりわしくかいてある。これらの間の風俗習慣の一部の変遷を知り新しき文化輸入の有様を見、更に一方彼文化と比較し類似を求め、反對を見出し、文化の傳播、人種の系統、土地と人交との關係等を見るならば有益な研究をすることが出来ると思ふ

(東洋哲學第十四卷第七・九號、明治四十年八十月)