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0539 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 539 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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な巫のトに待つたものと思はれる、尤も前述の如く彼等のこれに關する古代の文獻は甚だ少いのであるから、その中の外はある種族に關して残存する史料によつて、全體の有様を推察するに過ぎないのであるが、その
のの大概同一の狀態であつたことは、今日の有様を見ても且つ古いと思はる、William of Rubruck の記事の概略を紹介して、當時に於る彼等の
巫について最も詳密で且つ古いと思はる、William of Rubruck の記事の概略を紹介して、當時に於る彼等の
行の一班を窺つて見なや。

この人は一二五三年に、仏蘭西王ルイ九世からの命を受けて、蒙古公察を許即ち憲宗の副廷に使したのであつた
が、その時に親しく観察したことについて頗ぶる詳細に且つた記事を残して居る。これに先き立つ羅馬法王
インノセント四世から貴出汪即ち宮宗の副廷に使した Piano de Carpine の紀行な
どを伴せて考へて見れば、蒙古の巫に關する知識はほゞ得られることであらう。また此の縁の Rubruck の紀行によると、「巫
は彼等の間に於ける僧侣の如くであるが、巫の官廷のことは猶豫なく實行されるのはほゞ此の貫長の任務に属する、その間に貫長があ
つて棠嘗汗の宮殿の前に住む居り、神僕の祀ることは此の集の貫長の任務に属する、その間に貫長があ
は龍庭の後方なる指定される所に住み、その術を信ずるものは話方から来る、故に集の中には少しは天火を
知つて居るものもあつて、日月焼を他を踐言する、彼等は物事を執り行ふ方については吉凶の日を卜する、
の同意なには決して軍を集めない、また職を開かない、宮廷に迫らるゝについて吉凶の日を卜する、
の運命を告げ、人の将た時はまた招かれて呪交を唱へ、その
淨め祓を する、子供が生れた時には彼等は招かれてその運命を告げ、彼等はまた魔法を以て氣象を變化せしめる、もし
の禍が自然に起つたものか、或は呪咀によるものかを判斷する、彼等はまた魔法を以て氣象を變化せしめる、もし

北方民族の間に於ける巫に就いて

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