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0541 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 541 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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な記録の中には、這般の消息を詳しく書いて居るものはないけれども、然もその所行上から考へて見ても、此の
方面から先分に注意すべき價値のあることであらうと思ふ。無辜の人々が彼等の侵略を加へられ、また種々の
羁絆因兆などを稱へて人心を惑風したことなどは、上に引いた諸書の殆んどすべてに見えて居る。鐵木眞が可汗の
位に登って成吉思可汗の名を稱するに至ったのも、實は上に引いた諸書の殺の提議によるといはれて居る。また
Radluck の記事の中にも、"long since (the Moal) would have gone back to Hungary, but the diviners will
not allow it" などと見えて居る。古来幾度か繰り返された北方民族の変那侵略の動機にも、かゝる巫覡の勢力の
潜在して居ったことを想像して見るのは興味の無いことではない。唐の代宗の時に際って回紇の勢力を率
ゐて唐に侵入し、弼子儀の威風に壓倒せられて顔を喪った時のことを記して「始肅有二三頁、當此行戰、
人面還」及是相顧笑曰、巫不言吉給、也」との記事の如きは、此の侵略に先立って二頁現がその謀に参與した光景
を思はる。「三三の事例について論述して見たいと思ふが、それは別の機會に譲ることにする。



さて此の巫のことを北方民族の間では何と呼んだものであらうか。一體此等の蒙古・ツングース・トルコ族等の
人種、少くも當語については、研究が進めば進む程、その婚妹關係の細やかなものであることが認められて来て
北方民族の間に於ける巫に就いて

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