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0544 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 544 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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いて次に對する當時の蒙古語を Rubruck の旅行よりも十數年以前に蒙古人によりて編纂せられた蒙古語の元朝秘史には學頗思なる語があって、明譯には之を師公と譯し、弼刺博士の譯には師巫と見えて居る。學頗思は今の蒙古語の böye 即ち巫祝その複數の語尾 S を師公としたものである。またこの外にも Marco Polo の紀行には巫に當るものを bacsi と呼んで居るが、これは後に述べる如く本來の蒙古語ではなく、Pian de Carpine の蒙古人に關する記事の中に

 They pay great attention to divinations, auguries, soothsayings, sorceries, and incantations. And when the devils answer them they believe that a god has spoken to them; and they call that god Itoga, but the Comans name it kam. (Rockhill, The Journey of Rubruck, p. 246, note 22)

とあって居る Itoga 此處に多くの學者の注意する所となって居なければならぬ。蒙古語の ctugen、即ち地の義で Carpine の誤關せるべきか? Coman 語の kam(巫)というと記して居ることから考へても彼等は信じない、自分はそれは同じことではないと思う、即ち神の坐を指したものに違いないと思う。今日でも蒙古語で安巫を idakon 巫の服裝で安巫ということは頗なく此の語に入ったものであろうし、ツングース語で安巫を idakon 巫古語で遠い所による蒙古語としては itogan というものがある。

以上擧べた所によって蒙古語の böye が師公師婆に相當するのであって、kam という語は蒙古に用られたにしても當時の外來語、即ちウィグル語の間をものから入ったもので、Rubruck は貴な此のは蒙古に用られたにしても當時の外來語、即ちウィグル語の間をものから入ったもので、Rubruck は貴な此