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0567 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 567 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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さて突騎施に於て所謂回鶻文字の用ひられた時代には、回鶻部は漠北オルホン河谷の地に據りて尚いまだ天山地
方には移らず、而して其の営記に於ては突厥文字を使用し、まだ回鶻人が使用する突厥文字を先立ちて既に存し、
である。かくれば此の文字は回鶻人が営昌地方に移るに及んで、従前ひとた采用した突厥文字を棄て、初めて之を用ゐるに至つたものでなく、
回鶻人は営昌地方といふ名稱は回鶻人の自分の創成した文字、もしくは回鶻人の間に普通行はれ、カルビニやルブルキーの旅
されば回鶻文字といふ名稱は目分の知る所では、一體此の名稱は日分の創成した文字、もしくは回鶻人の間に普通行はれ、
行記にも見え、又たラシッド・ウドチンの歴史や、元史路続阿傳、蒙古時代・営昌僧録・営昌氏家傳などにも皆其の名を蔵
せて居るが、之は蒙古で当時吾見聞ち回鶻に行はれた史絡続阿傳、蒙古時代・営昌僧録・営昌氏家傳などにも皆其の名を蔵
を通じて他に傳へられた場合か、之を例へば吾々の使用して特に其の名を直傳したものと思はれる。
然も回鶻自身は之を何と稱したかは全く解らない、之を例へば吾々の使用して漢字と稱したと同じ一の
場合であったかと思ふ。要するにこれを回鶻字と稱することは回鶻の営昌地方に移って之を採用するに至りしより
後の時代、即ち九世紀の後半期に於て始めてこれを承認し得へきことで、その以前の同一の文字に對しては勿論不都合で
ある。

回鶻文字の性質と名稱とを此の如く考へ定めた時に、前に引いたラドロフ氏の「回鶻文字で書いてあるから回鶻
語と稱し」、其の他の學者も同様に考へて居ることが、如何に薄弱の理由に基くものであるかを知ることが出来よ

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