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0570 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 570 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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であるが、之の為めに個人が経典を翻訳する場合に、自分の用ゐる語を Türk 語(即ち突厥語)と称すべき理
由はなく、反對に Türk 語といふものと Uighur 語といふ者は其の名稱の由来する處、互に相異るものであって、同一視す
る「はなく、反對に Türk 語といふものと Uighur 語といふ者は其の名稱の由来する處、互に相異るものであって、同一視すべ
き理由は無いと思ふ。然るに係は らず Türk 語と書かれてあるのに過られた鳥ではなからうか。
 経典の文字が所謂回鶻文字で書かれてあるのに過られた鳥ではなからうか。

 自分は前に所謂回鶻文字は回鶻人の始めて用ゐたものでなく、彼等より以前既に突騎施が之を用ゐたものである
ことの實例を擧げ、回鶻は高昌に於てから後之を用ゐたものと考へた。併しながら突騎施に此の文字
を用ゐた頃の明かな証據も、また此に比べきものでは無かったのである。

 は、何等の決定を得べきものでは無かったのである。
 然るに今と全く同一の文字が古く Türk 語に、語即ちいて
語の佛典に於て認めらるとすれば、その先蹤は匈に突厥にあったといはねばならぬ。突騎施は前にも係は如
く西突厥の別部であり、西突厥の衰へた後其の地を古めて擡ったものであるから、其の文字もまた西突厥から承け
継ぐに至ったものと思はれる。

 自分は前に突厥には東西ともに大して佛教の行はれた形跡を認め難いことを述べて置いたが、それにも係は ら
ず、もし自分のここに見る所が過らないならば、西突厥には少くとも其の一部の間に之が行はれて、諸國の佛典を