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0574 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 574 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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五一二

㊃ 此の書中に屡々に Türk 語の名が見えるが、一回も回鶻語と書いたものとはいはる十一世紀に編纂せられた Kitābu-l-lūr に於て認められる。
これと丁度同様の場合は普通回鶻語書いたものも Türk 語の名は見えぬ。
由はまた之が回鶻文字を以て書かれるによるのである。回鶻文字に就いての従来の考が屈められるならば、此の書を回鶻語で書いたものと見る説にも変動を與へて居ると思ふ。尤も十一世紀の Türk 語、即ち突厥といふ部族が支那の歴史に亡びて以後も変動を與へて来ると思ふ。問題には及ばない。

倘兹に引いた典の奥書に見ゆる Türk 語といふものを奨歎の語、さうして西突厥の語と主張するについても、稍々立入った考証論議を重ぬる必要をも廬って茲には略す。本誌の性質上讀者諸君の逐逐を恐れての事であるが、今は念稿を終わらねばならぬのと、また


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本稿は大正十一年秋、当地に催された大蔵會の講演に多少の増補と省略を試みたものである。所謂回鶻文の佛典の名稿に就いての考察をその儘之に用ひた過ぎぬ。名と實との伴はぬ人もあらばと念の爲に斷つて置く。講演に掲げた題目をその儘之に用ひた過ぎぬ。また

(宗教研究第五年第十八號、大正十二年三月初二)