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0592 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 592 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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晁博士の論証せられたところであって、この點からも兩者の間一を認めるに差支ない。併しながら蒙古語普通叢
叢=今日革袋でも布袋でも一呼ぶふには ugḥura (oghura) という語があある。明本〔元博物館所藏本等〕の蒙夷譯語
には この蒙古字の外に漢字で「呼禄塔」と記してある。即ち hugḥura という語があるが、頭音の h は近代蒙古語では脱
落して居るのである。別本蒙夷譯語造本の如き〔麗本の如き〕紅山文書〕には「忽禄」という文字が配してあるが、
それは hugḥura の轉じた hura に相違ない(J. A. avriljuin, 1925, p. 295 参照)。滬脱はこの語形に相當するものと
考へた方が一層適切であらう。尤も hugḥung も hura も同一語原に出た相異つた形の傍はつものと
思ふが、今はその論証に入る)とかいふ語を見合はせる。ugḥuta、と hug̣ḥuta、という語は一語原に出た
る)とか、「囘める」とかいふ語(「コミレット〔スキ〕及び蒙古鐵典及び鐵〕から起ったたものと思ふ。何れにしても滬脱或は そ
の類族語で一般に義素をもかく傾したことは疑を容れない。「動物の骨肉を空失し、皮女形の儀に残した空虚の養状のものを呼んだものであ
り、舞うたのに因んで起った名と思はれる。従って滬脱舞というふのは一種の滬脱を親子として被つ

以上述べた因んに起こうにして認められるならば、舞樂の滬脱を用ゐて常に林邑樂とする所傍は信じ難く、北人の間に起原を
有するか、もしくは北人所有の滬脱の名稱について一小篇を設けたらにも常に見なければならぬ。
因みにいふ。滬脱舞の名前を用ゐて唐で工夫を凝らせたらにも常に見なければならぬが、今或る非情の鳥にこれに論及するする時間を有しないのを遺憾として策を闢かね
いても辯釋を施さねばならぬが、今或る非情の鳥にこれに論及するする時間を有しないのを遺憾として策を闢かね
ばならぬ。

〔市博士古稀記念東洋史論叢、昭和八年八月〕