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0622 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 622 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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た。途底にどうもやり切れなくなって、某教授の傍で一週間を賭つて學習院本を借覧させて貰つたこともあつた。今も筐底に殘つて居る洋罫何百枚かの細字の寫しは、この當時の食讀の記念である。だから明治四十四年に十何圓かでこの書物の再版を購つた時には、全く勿體ないやうな氣持がした。併しそれはその當然の事で、その後は格別有りがたみも覺えず、大して續讀もしないことを思ふと、書物は稀覯の方がよいのかも知れない。
此の書物ですら、かういふ有様であつたから、到底手に取つて見ることは出來ず、當時日本では、若い學徒の蒙古史とか、ラシッドの蒙古史とか元典章とか、細亞史などの研究に志すうとは、當嶋の月を捉へようとするに等しい覺束ない事業であつたといはねばならぬ。のペレジン譯とかいふやうなものは、
今日の學界からは一寸想像も及ばぬところである。
余は今日までの自分一個の爲ではなく、余の素攪する大學の爲に、また更に廣く一般學界の爲に、諸種の研究資料や書籍を集めることに、鳥許がましけれど幾らか努力を拂つて來た積りであるが、これはかゝる時代に促學の道をめぐつて、「三の憾出を記して見よう。資料の不足に少からず苦しんだ經驗によるところが少くない。今は誤せられた題に應じて、資料蒐集に關する二三の憾出を記して見よう。

明治四十五年四月の初めから五月の初めにかけて、滿洲奉天の宮城内で、内藤湖南博士と共に、滿洲文の太祖太宗實録、即ち滿文老檔と稱する記録や、滿文の太祖太宗實録對譯、合せて一萬餘枚をすべて寫真老橋と稱する記録や、滿文の太祖太宗實録對譯、合せて一萬餘校をすべて寫眞にして将來したのは、余にとつて研究資料を大仕掛に蒐めることに着けた最初の事業であつた。費用その他の事情もあつて、撮影萬端を寫眞館に任せず、主として湖南博士や自分の手でやり、まだ手先

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