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0661 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 661 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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みても飾りある時間と心の餘裕とを犠牲にして、一途に學術發達爲に敢てかゝる煩雜な事に任せられた登き心掃に對して、深甚な感謝を捧げなければならぬ

四月十三日午後、東京鑑司ケ谷の博士の墓に詣でた。飲葬後間もない墓地の所在は、東洋文庫の拱君から仔細に聽いておいたので、譯なくわかる筈であつたのが、目標として得ておいた小路の賃中に聲え茂る欅の幹を試ひの字々と立つておるので、何れをそれと定め難く、汗を試ひの字々と立つておるので、何れをそれと定め難く、汗をかいて、あちらの小路にもこちらの小路にも同じやうに行はれた大院博城の位置についての激しい論爭の一木が、仿過徊廻する間に、曾博士との間に行はれた大院博城の位置についての激しい論爭の一節をホージェンドにあてるのと、そんな地勢は大宛地方の何れの都にも認められないといふのを根據の一ッとして、地勢上彼からこれをホーッと思ひ出しておかしくなつた。貴山城は大宛地方の何れの都にも認められないといふのを根據の一ッとして、地勢上彼からこれらないといふことである。貴山城は斯角も丘として博士の墓域は皆其の幽籟を指すが如くに我を折り居つた所近の茶屋にについて開き合せて見ると、これは又萬を以して數へられる博士の墓域は皆其の幽籟を指すが如くに我を折り居つた所近の茶屋に届が先に立つて案内をしてくれた。白鳥崖吉墓には記された藤博士の健筆の木標の下に、今は思ふも何度か博士往來模索した樣の若葉の蔭に心得て居つて、その主ある。訪問の度ごとに完尉として迎へてくれられた藤容に接する思で、墓前に頻き、一世に早く立派に說いて居られる

白 鳥 博 士 の 思 出

今更に追想しながら、謹しむで冥福をいのり上げた。

(東洋史研究第十卷第二・三號、昭和十七年七月

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