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0663 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 663 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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が行き届いた。依怙地に見えるまでに頑固に自説を主張する時もあれば、さらりと流して知らぬ顔をした。強弁多々かと思えば飾り氣もなく大人の振舞の間に多くの稚氣をも帶びて居た。かうした相反した陰陽兩面は、赤裸々の差こそあれ、大概の人の通有するところであるらしく、必ずしも濱田君に於てのみ認められるのではないが、こ
れをどういふ風に調整するかに於てそれ〳〵の特徴が表はれ、側なに兩者をつきまぜて、陽に非陰に非ず、その中間を行くのが所謂中庸を得た常識の人といはれてゐるやうである。濱田君も陰陽の中道を歩いた人であつたよりも部類に屬するのであらうが、然もその中庸は少し毛色の異つた中庸で、常に陰陽計算の上の中庸でなく、或る時にはひどく陰に走つて、その總和の上で中庸と計られる部類の人に於あつたと思ふ。尤も所謂常識に、或る時はひどく陽に走つて、その總和の上で中庸と計られる部類の人に於あつたと思ふ。尤も所謂常識に、中庸を得た人といふべき特徴も少からず持つてゐたし、特に晩年に於ては漸く圓熟の境に入つて、一般にかなり「認められ、中庸を以て任じやうなところもあつたけれど、倘且つ世間
謂ふ所の中庸の人との間には、可なりの距離を認めねばならなかつたと思ふ。いやにごちん〳〵した、濱田君の最も好まなかつた脅振りに陥つてしまつた。以下かうした特徴を發揮した濱田君についての二三の思出話日きつけ
て見よう。

學生時代から壯年時代を通して、始終濱田君は日にも筆にも論敵を作つて居た人で、この頃には喧嘩相手なし
には過されぬ人のやうにも見えた。誰も知る通り、風くから交筆に優れてゐたので、高等學校では、『綠水會雜誌』
大學では『史學雜誌』の編輯に從事し、卒業後も學士委員として『史學雜誌』編輯主任の役目を引受けてゐた。

五九九