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0664 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 664 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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『瀑水會雜誌』でも継続を扱って、諸方面、殊に運動部に八ツ當りし、その道の猛者からさんざんお目鑑を受けようとしたこともあったが、大方針を立てる編輯に、ひるまず押し通してしまった。『史學雜誌』の編輯は自分も學生委員として加はることもあったが、强氣の一點張りで、ひるまず押し通してしまった。『史學會雜誌』の編輯委員であった史學會の評議員であったえらい諸先生も出來るだけ自分の針を定めるのが常で、大方針だけに相當に議論も多かった。かゝる場合に論議の中のたえらい諸先生も出來るだけ自分の針を定めるのが常で、大方針だけに相當に議論も多かった。かゝる場合に論議の中心はいつも若干學士の濱田君であった。此の頃の同誌の發行については、財政上の困難も尠くなかったので、用紙の如きはひとと・旦那士の慢慢たるものをよからうといはれたのを、その提議を撤回せしめた。その論議中苦心を了解しないものとして、「僕は濱田君が口を出さないものでもよいが、逢に那珂博士に向き直方もないことである。此頃の『史學雜誌』のやうに誤積の多いのは困る」といはれた。紙の善惡などはどうでもよいが、逢に那珂博士に向き直方もないことである。此頃の『史學雜誌』のやうに誤積の多いのは困る」といはれた。紙の善惡などはどうでもよいが、逢に那珂博士に向き直方もないことである。此頃の『史學雜誌』のやうに誤積の多いのは困る」といはれた。
多いといはれます。が、三校問題にやつてなは且つ猛る誤積で、新たに那珂博士の誤積で、議論に於て自責せられた所も多かった。殘にその頃の『成吉思汗實録』には誤積はありませぬか」と毒づいた。議論に於て自責せられた所も多かった。殘にその頃
出版された『成吉思汗實録』は、博士の積積を讀してのた著で、議論の顔面に舌なめづりを加えながら、「一々今度は四頁に向って勿論そのまゝでは納まらない。「失禮ながらあの著だ瑚麗なりぬ顔面に舌なめづりを加えながら、「一々今度は四頁に向って勿論そのまゝでは納まらない。「失禮ながらあの著だ瑚麗なりぬ顔面に舌なめづりを加えながら、「一々今度は四頁に向って
一つの來た」といはれた。「誤積は神樣でなくても少するることは出來る。我輩の『成吉思汗實録』に、四頁に
し會議を了っての歸り途には、濱田君はもうケロリとして、誤積も首も忘れてしまった樣子で、いつものやうに先