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『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ

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0665 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / 665 ページ(カラー画像)

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doi: 10.20676/00000267
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生達の月且などをしたながら、千駄木の家に帰つて往つた、序ながら濱田君の書いたものに誤植の多いのは有名なことで、麗々しく大字で印出した表題の文字にまで間違があつて、流石に閉口の書體であつたこともあるが、那珂博士のこの書に、四文字に一つの割合よりも遙かに多々の誤りのあることは何時でも証示することが出来る。濱田君が丹念にその誤植を捜し出す程の考誰學者でなかつたお蔭で、博士の首も遮物にならずに濟んだのは目出たいことであつた。

同じ『史學雜誌』の編輯中の事だが、歟父の雑誌目録の校正が自分にまはされた、濱田君の原稿は例の達筆で、他人には読みかねる字を平氣で書き流してある。そのTの字が砂に書きなぐつてある爲に、濱田君は他人に刷りにくい てみな間違つて居、何氣なくいつた頼りが大いに肝臓を傷つたと見え、「君のKはKと読めるが、昔のTは から注意してくれ」と何かちどころにやり返した。

ある。氣をつけ給ひ」と立つたところで、「読めなな奴が悪いのだ」と突つ張り、「徹頭徹尾注意しようとはいない 誰にもTと読めないのだから因る」といふと、「勝手にしてるものを除計なおせつかいをするのだ」といふやうな調子で、結局Kとはいはない。「勝手に他愛もなく喧嘩分れになつてしまつた。三十前後までの濱田君は大概こんな調子で、すべて自分に 難くTとたり難い道い道い返さずにはおかず、大平無事な時には態々盛暗の對手を求めて誘をかけるやうなこともあつた。かういふ負けず嫌の強氣は、晩年になるに従つて見かけは手程に柔になつて、それでもなは時々鋭鋒を露はして、對手の如何を問はず、徹底的に応酬する場面を幾度となく演出した。しかしそんな時で

濱 田 君 の 追 憶

一〇一