National Institute of Informatics - Digital Silk Road Project
Digital Archive of Toyo Bunko Rare Books

> > > >
Color New!IIIF Color HighRes Gray HighRes PDF   Japanese English
0671 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 671 (Color Image)

New!Citation Information

doi: 10.20676/00000267
Citation Format: Chicago | APA | Harvard | IEEE

OCR Text

昭和二十二年十二月十日、緊急の用事で東京に行かねばならぬことになつたので、その前日に当る九日の午後、狩野老博士郎を訪ひ、玄關先きで今夫人から御容態を聞いたところ、格別どこが悪いというのではないから、顔とお
さへ増進すれば漸次回復せられるであらうとのことに、急過の容態なとは思ひもせず、顔とお
目にもかからないで引取つた。それから十四日に就宅してみると、前日既に永久の眠に就かれた後で、あまりのこと
に言葉も出でず、たゞ然として悲嘆にくれるばかりであつた。それから
時に於ける博士の思出を書くやうにとの註文を受けて、今宵寒夜の薄暗い電燈の下に筆を執つてみれば、それから
それへ追憶の緒は綿々として盡きぬ
北京に於ける文化事業總委員会の活動の停頓について、その前からも朧々意識に上つた國内に於ける同類の事業の
計畫が、漸く具體的の動きを示すやうになつたのが、昭和三年の春末頃からであつたかと思ふ。同委會の日本側委
員の一人として靈力を重ねられ、最初に着手することになつたのが在京稀有の有志者を代表して、時の外務省對支文化事
業部との間に折衝を重ねられ、最初に着手することになつたのが、在京稀有の有志者を代表して、時の外務省對支文化事
業部の一人として靈力を重ねられ、最初に着手することになつたのが、在京稀有の有志者を代表して、時の外務省對支文化事
業を開始したのであつた。昭和三年といへば、實に博士が華甲の壽を迎へられた年で、その二月十一日には同友門

東方文化研究所と狩野博士
六〇七