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0681 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 681 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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○九年には摩尼教の経典タアスッアニラト、一九一〇年には佛典チジャストウスチク、翌年には法華経普門品を譯
出し、其後金光明経を得て専念その譯解に従ひ、本文の一部は既に刊行せられて居る。
以上述べた外に最も注意せねばならぬのは、氏が生涯の事業としたトルコ語方言誌で、一八八八年に第一巻の印
刷を初め(一八九三年に出版されたが)、一九一二年に最後の第四巻を出すに至つた、古今各族の方言を集録し
た此の四册の大著述は、氏自からも補訂の要ありとして居たものの、倘は完成とは言ひ得ないにしても、
學者にとつて非常に貴重で、要用缺く可らざるものなのである。
此の如くにして氏の天成の才能と絶倫の精力とは、トルコ文化に關する古今東西の資料を検討して、それ〳〵殷
達の歴程を闡明し、遂に永劫學界に滅びない、露西亞のみに止まらず世界的に行はれることになつた、科學的に
として、氏の名と業績は獨り露西亞のみに止まらず世界的に行はれることになつた、科學的に新生面を開くことになつた、ラーロフ時代的なる名稱を附して居るが、
居るが、此の名は獨り露西亞のみに止まらず世界的に行はれることになるであらう。

はじめてラードロフ博士の名を聞いたのは今より十数年以前大學の講筵に侍した時のことである。その後學究の
境涯に入つてから、日として氏の著述に誘導啓発せられない日は無かつたといふ時のことである。その後學究の
月日の間に氏の著述に誘導啓発せられない日は無かつたといふ老大學者の風貌を恩慕によつて作り上げて、翻げな
から鷗巣に印象する近くなつた。苦しき因縁、倶に寄しき此線の老大學者の風貌を恩慕によつて作り上げて、翻げな
ソランドの南、ライポラの奥村に運ばれて、博士の夏居に博士の柔かい手を握り、面り先生と面ふことになつた、自分はフィ

ラードロフ博士

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