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0686 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 686 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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レギー博士の憶出

世界の學界の哀悼を後にして、レポー博士の氷眠せられたのは、早くも三月餘りの過去となった。今は院に時機を失した嫌があるが、編輯子の切望にまかせ、一二博士に係る自分の憶出を記して追慕の情を表したい。

初めて博士に逢ったのは、自分の歐洲遊歴日誌「西航記」を繰ると、大正九年(一九二〇)十二月九日の夜であった。當時巴里に滞在していた同室の天井の大住嶋風君が知って、丁度好い時だから、レギー博士御夫婦に日本料理を馳走することになって居た。それに同室の大住嶋風君が知って、丁度好い時だから、レギー博士御夫婦に日本料理を馳走することになって居た。それに丁度この頃巴里に逗留して居られふ

ーとゼューードのウルセー教授、名縣領事のシュバリエ氏も出て貰って、歡談の機会を作らうでは逗留していかないふ

たが、藤代教授と、佛語の達者な教授君〔現名古屋醫大講師〕、倫敦から巴里に移った自分は、匆に二ヶ月許りを巴里に過ごしたのであっ

ので、逐にその通りに運ぶことになった。倫敦から巴里に移った自分は、匆に二ヶ月許りを巴里に過ごしたのであった、多くはビブリオテーク・ナショナールとミュセーギメー、などの陰氣な部屋の中や、ベリオ、ハッカンなど諸氏などの往来に費し、自からも希望した友人からも誘はれなかったから、まだ博士を訪問することを忘れて居ったの

で、この夜初めてあの自慢顔の温容に接したのであった。少しの隔てもなく飾り氣もなく、極めて氣輕に受想好

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