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0696 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 696 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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國に先立つて開かれたのであって、これをベリオ教授の奉職した有名な Collège de France についてみても、その最初の支那學の講座が開かれ、その地位を脱出してフランスに歸り、六月ワルテルローに敗北して没落の運命に陷った年ナポレオンが、一八一五年 時はまさに前年エルバに流されたナポレオンが、その地位を脱出してフランスに歸り、六月ワルテルローに敗北して没落の運命に陷った年正月で、その十六日に就任講演をして居ります。その後かく早くから中國研究の起ったフランスに於て東方學の修得に精進したベリオ氏は、前述のやうに一九一一年明治四十四年にこの學院に創設された「中央亞細亞の言語歴史考古學講座」の擔當者となり、爾來殆時に至るまでその職に在ったのでありますが、講座の名稱にかゝはらずその社會とか經濟とか宗教とか美術とかいふ分野に深く龍ったことは、夏めて申すまでもないことであります。その學問は中國に關する學術に於ける見識知識の高く分野に深く龍ったことは、夏めて申すまでもないことであります。その學問は主たるものであったと思ひます。あの人は彼を「中國とヨーロッパ・印度・イスラムとの姿渉史の大家であった」と記して居りますが、共に間違ってはないにしても、こうした箇圃に彼の學問を限ることは氣の毒で、もっと廣い文獻學的研究に且つ大きな成果を擧げた人でありました。
さうしてその特色としては、如何なる研究に於てもその知識が實に廣範囲を積め、その上にも誠に篤然たれた特種の才能ともいふべき廣い言語の知識を縦横に驅使して、前人未發の天地積を拓め、輪違史の翻譯をはじめ、幾多にかゝる精緻な考證學の特質を有したもので、彼の前シャヴァンヌ氏の如きも、有名な史記の翻譯をはじめ、幾多るものであった點などを擧げることはありません。由來フランスの東方學者の研究態度は、レミ・ザー以來傳統的

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