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0736 羽田博士史学論文集 : vol.2
羽田博士史学論文集 : vol.2 / Page 736 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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と讀まる。

王墳有青塚  羽田博士史學論文集 言語・宗教篇
炎漢無守土
裏面に老友沅叔傅増祖氏の題記あり。

寒□□傍人  六七二
登臨受苦害

見るべきなし。慢かしく讀みもて行けば、此等の刻碑につき、附近かいふせき住居に數人の蒙古人の副葬せる外人影も無く、天地寂として死寂せるが如し。何故の鐵橋低側生時ばかり、幾たびかこのあたりを往來しけむ。鳴鏑胡笳耳底に驚く思ひして、途に兩河を渡る。雨が大黒河、北が小黒河の源なり。案内の人はいへり、豊州の北に平山あり、上に九十九里あり、交字なりしが、今そろそろ成せることは、遼史の研究に當りて屢々遭遇したる地名なりと。防を築き橋を架せるところにもあらで、ガソリンの明良きながら渡せる木を、徒歩にも暫く車を駐めてまた感慨に耽る。少しく上流を覗けば、是防に迫られど、大黒河の幅も僅に十數間も過ぎなけど、兩岸の荒廃展は大黒河を見れば、雨岸の荒廃は河岸の濕地と濕くなり。

人の有様を見れば、暫く車を駐めてまた感慨に耽る。黒河といへば、可なりの河幅を有せなり。「大」の名を冠せる河にして、遼末耶律大石が四方に逃れたる名にして、余もより二十人の有様を見れば、今見るものは同名なからせれに非し。この事

數年の昔、その所在を究むるにつきて心を勞したることありしが、今見るものは同名なからせれに非し。この事別に考を述ぶべきなり。