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『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ

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0037 伊犂紀行 : vol.2
伊犂紀行 : vol.2
伊犂紀行 : vol.2 / 37 ページ(白黒高解像度画像)

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doi: 10.20676/00000279
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一 天山々脈

天山山派は葱嶺のキジルダ達坂より起り、蜿蜒東方に走りて哈密の東方約六十里鹽池山に至つて止る。東西約七百五十里に亙り南北約四十乃至八十里に出人す其の間正幹分枝錯雑紛糾して無数の峯巒谷を形成す。盖し此の山脈に属する諸山は多く親嶺は二嶺数千嶺を成し高度に達して遥度線海抜一萬四五千尺に出で頂上常に千古の積雪を戴き其の最も盛夏尚ほ且つ消えず。故に支那人は白山又は雪山の名をくば一萬七八千尺若

以て之を總稱せり。

此の嶽々たるは白雪こそ實に新疆人民の最も貴重な天惠たる淡水泉に乏しき土地なるが故に日用の飲料水や曰く靳疆は極めて降雨少く且つ淡水泉に依るの外途なければ。

天山々脈の東部には海抜八千乃至一萬尺以上の高峯多く此の部には数條の山路開通し就中博格多羅山の如きは崇嚴の山形を以て特に名高く此の部には数條の山路開通するものの官て其の一は吐魯番より鳥魯木齊に達するもの即ち南北兩路を連繋する所の

第一章 地勢