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0040 伊犂紀行 : vol.2
伊犂紀行 : vol.2 / Page 40 (Grayscale High Resolution Image)

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doi: 10.20676/00000279
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に困る。盆し葱嶺の名は山中多く大葱を産するに基く。葱嶺を通過して露領費耐干州並に巴密𠔃阿富洋〃に到る山路敵條あるも何れも嶮にして僅に土人の相交通するに過ぎず。然れど此部は露清英三國領土の交錯する要境謂ゆる巴密𠔃高原なるが故に大に世の注目を惹け現に幣什庫爾干の如きは三國交通の衝術に當るが故に三國の哨所近く相望むの奇觀を呈せり

三國交通
の衝點

崑崙名
の起因

崑崙山脈は南疆省南部の大山脈にして葱嶺山脈の略喇崑崙山より起り東西藏を過ぎ青海を貫き深く支那内地に走りて大陸地盤の幹系たり。抑之を考ふれば支那の漢書に未だ何れも玉石の産地に存する和闐より南方の雪嶺喀喇を指定したるものを見す。唯諸種の漢書に依れば其名の因て起る所は土人の始めりしも和闐一帯を崑崙と名けしものゝ如し而してカラコルムを稱してカラコルムと名呼するに至りしものにて「カラコルム」のカラを省きてコルムを転訛して崑崙と稱呼するに至りしものにて和闐の南方に聳ゆる雪峯の連脈を稱してカラコルムと名けしものゝ如し古代より漫然崑崙と名けしものゝ歴史上著名なりとよりも歴史上著名なりと
のならんか。又彼の黄河は源を崑崙山の陰に發すとあるは漢代西域に使したる