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0103 伊犂紀行 : vol.2
伊犂紀行 : vol.2 / Page 103 (Grayscale High Resolution Image)

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doi: 10.20676/00000279
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吐魯番のみは誌音多く始んど他と同じから
す。喀什噶爾語は土耳其語より出て其
たるものなるが之を中央亜細亜の諸汗國語に比較せば只物名の種々分れ且つ其
る用法の異なると之に支那語を混用せる點體は横行
にして亜刺比亜文と同じ。而も其の字體は横行
以上の諸説を湊合して考察すれば綽頭囘民の大部分は波斯人なること疑なき
もの如し。而して其の風俗習慣等は項を改めて記する所あるべし。

二 蒙古族

吐爾屈特人額魯特人和碩特人は所謂モンゴル種族と同一系統にして亜
細亜大部分の各人種をモンゴリアンと称するものの畢竟此の種族の名より出てた
るならん。彼等は宋朝の末期よりして支那は之を蒙古と呼ひ又明末には韃靼と稱
せり。蓋し周時代より屡境を侵し春秋時代以降秦漢の時代に亙りては戎狄或
は匈奴或は水靈狄と稱へたるも亦同一種の一部族なる性慓悍武を好み勇を愛し展、支那
沙漠中に水草を逐ふて游牧し氈幕を張て生活し当時彼等は蒙古の大
を苦しめ遂には之を征服して中央亜細亜に一大帝國を建立し勢威隆々亜の両

第三章 住民