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0280 伊犂紀行 : vol.2
伊犂紀行 : vol.2 / Page 280 (Grayscale High Resolution Image)

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doi: 10.20676/00000279
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運搬材料

南北の二
大路

地誌之部

貨物運搬には馬車(大子小なる二種あり、)及
馬驢驢能を使用し就中北路は多く駱駝を南路は多く驢を用ゆ塔爾巴哈臺附近の
みは露國式四輪馬車を駆る者多く在る者は左右に分岐せり。即ち左は天山の南麓に到
道路綱及其状況は日誌中に於て細叙し葉爾羌及略城烏爾木齊に浩
甘肅省より来る孔道は阿克蘇に到り北路に並ひて西し省烏爾木齊に到る之を北路とす。此の二路は新疆道
ひ西して吐魯番山路を越えて伊里坤に到る之を南路とす。而して哈密より北路に由りて山坤に到る山
之を南路として塔爾奇山支道を越え四方に出づ。吐魯番烏魯木齊間の山道に由りて巴坤より
路綱の幹線にして數多の鳥を通ぜざる鳴爾間は薬爾充を経るものを本路とすれども現今多く
路過ぎ精河より哈密より巴里坤に到る之北路に折れ並ひて西し省烏爾木齊に到る
又南路の瑪喇巴什に到る好路は薬爾充路(の約)ありて之を樹窩子路と稱し現今多く
之に由り重要なる道路と爲れり。
直に略喀爾に到る什喀爾間の提路不分の(の約)ありて之を
又之に略喀爾巴什に到る什喀爾間は薬爾充を経るものを本路とすれども現今多く
は之に由り重要なる道路と爲れり。

南北二路は其幅三乃至五米突にして間十米突に及び山道を除けば概ね平坦な