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『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ

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0120 伊犂紀行 : vol.2
伊犂紀行 : vol.2
伊犂紀行 : vol.2 / 120 ページ(カラー画像)

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doi: 10.20676/00000279
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地誌之部

合したり。而して突厥可薩部はトウチーブル河邊を永住の部落と定め山乘リシアニア人に征服せられたる一部落に漂泊的剽掠を試み或は附近の游収民を指導誘惑しつゝ漸く土着の計を竊せり。是れ即ち薩克の祖先なりとす。哈薩克は波蘭ドウチーブル河の下流は當時リシアニアと蒙古との境界に對し假りに興ふるの虚政を脈ふて逃逃せんとするリシアニア人の蒙古投來する者たり。然れども常に哈薩克の健驅豪膽は彼等の粗野なる勇氣と膽力に避難地を以て従作として常に急湍流の中を渡渉せしめ其の婦女を容れ或と避難せしむる一。是に於てか自らリシアニアの部族は廣年と其に試驗の婦人或はスラブ族の婦女を妻としさせり。斯くて其の部族は廣年と其は増加せしが後吉爾懿思及哈薩瑪克等の蒙古族と相混じて中央亞細亞の露人は一體に加薩の各哈薩克族は概ね此の雜碎族なるが故に露人は一體に之をキルギス又はカイザックと呼ぶ。盖し西伯利の各哈薩瑪克等の蒙古族と相混じて中央亞細亞の露人は一體に遊牧せり。彼等は平素巨木を割り粗なる舟筏を造て之に搭じドウチーブルの急流を賤せて黒海に浮び、土耳其の船舶に掠奪を加へしが後ドウチーブルよりはドンヲオル

八四