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『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ

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0284 伊犂紀行 : vol.2
伊犂紀行 : vol.2
伊犂紀行 : vol.2 / 284 ページ(カラー画像)

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doi: 10.20676/00000279
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一二〇〇

路を経由せり。清延西域を平定するに及び邊に漢隴の南道即ち沙磧路を廢し今の南北兩道と爲せり。新疆の南北兩道は山路及旱路を以て唯一の交通機關と爲しれども比較的好良なれども河川に橋梁の設備少なく今何ほ舊式の舟渡及河川には橋梁を設け温地には排水溝を作り、反路には南北路弁に主要の道路を改修し温地には排圖喇嗄沙を設くべからず。殊に伊犂の後路たる那喇特山道を改修して車道とし同時に喀喇沙俐烏魯木齊間の山路及伊犂精河間の捷路を同一樣に改築するを急務とす。要するに伊犂と南北路との変通を便にする必要を認むればなら。

第二節 驛 傳

公用を辦する爲め省城より各地方官衙所存地に至る間には必らず驛傳の設置あり。即ち概ね七里乃至十里毎に一箇の驛を置く之を通常馬驛子と稱す。故に平生一馬驛子には一人の書記と四騎の驛夫あるも馬驛子は甚だ閑散なり。故に平生