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0313 伊犂紀行 : vol.2
伊犂紀行 : vol.2 / Page 313 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000279
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第十一章 歴史の大要

新疆は古代之を西戎と呼び漢以下に及んでは西域と稱し而して清朝は之を新
疆と名けたり。其の西戎又は西域と稱するに今の新疆地方より蔥嶺以西一帯即
ち東西土耳機斯担の總稱とす。史を按ずるに秦漢の間は北に匈奴西北に月氏更
に其の東西北に烏孫の南に焉耆疏勒歴任于闐等の諸
國所謂西域三十六國を爲し又其の西南に震一時烏孫及西域の諸國は皆其の羈絆
西月氏を撃ち西南塞を遠ひて威西北に震ひ塞國蠻車蒙疏勒車師に服在せり。
を受くるに至りき。
漢の西域との交通を開きしは武帝(四)定二(柑)年元前二世遣将軍班超を大月氏國に因る。是より前漢より
西域諸國の漢に歸服せしは有名なる鄭吉万ち軍師、吐魯番征に至るに先づ何奴の
鄭吉を撃て其の威勢を殺ぐ。然れども尚ほは未だ屈服せしひるに班超の残後勇能く其威を持
西域を撃げて其の威勢都護と爲す。
右臂を斷ちて漢の威大に震ひ諸國概ね貢献せり。班超の残後班勇能く其威を持
起つに及んで漢の威大に震ひ諸國概ね貢献せり。

第十一章 歴史の大要            一一六九