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『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ

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0315 伊犂紀行 : vol.2
伊犂紀行 : vol.2
伊犂紀行 : vol.2 / 315 ページ(カラー画像)

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doi: 10.20676/00000279
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にし來て之を天山南路に置く。該人民は皆回敎徒なり其後開賓五年乃(百年)布格
拉因の大牛を釋して本國に遣歸する其歸を願はざるものは留つて直幅の民と
なる當時土人之を指して本國に遣歸するものは東干と呼ぶ東干とは回語遺種と譯す現今の東干種
即ち漢回なるもの是なり。
亞刺亞人の勢力衰ふるに及んで回鶻は南路に大國を創立し大に開明
の城に達し裏海地方より戈壁に至るの地を包括しスニートの正派を奉じ宋代十二世紀の初め唐末に於て
其國は裏海地方より戈壁に至るの地に行はれたる回徒はスニートの正派を奉じ宋代十二世紀の初め唐末に於て
して遂に蒙古族黑契丹の境界に其華に亡にされたり。
凡そ百年間にして其時の黑契丹は文内亞細亞に基を創有せしは
元の太祖成吉思汗の第二代に黑契丹を討滅し一擧西域を掃蕩するや子弟
第二子察哈兒機斯坦に封ぜられ所謂明代の央蒙古
を成し子孫數世君長として第二子察哈兒機斯坦に封ぜられ所謂明代の央蒙古
を以て其の君長と子孫數世相傳へて第二子察哈兒機斯坦に封ぜられ所謂明代の央蒙古
人の政治盛なりし時は此地の文明は隆盛にして今古未だ嘗て之あらざる所なり
且つ宗敎の自由を許せし爲め回敎は其猛威を減し耶蘇敎會佛敎寺院も亦回敎

一七一

第十一章 歴史の大要