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『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ

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0317 伊犂紀行 : vol.2
伊犂紀行 : vol.2
伊犂紀行 : vol.2 / 317 ページ(カラー画像)

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doi: 10.20676/00000279
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七十年間經營せし所のものは、疲ね數日ならざるに之を破壞し去りて其の喀什噶
爾の如きは實に慘憺を極むるの餘り、遂に舊態に復し得ざるに至りと云ふ。
 明の末世を南北兩路を領有せしは蒲爾且窟篤とす。彼は成吉汗の子孫にして
當に四邊を平定せるのみならず遠く西藏の征討を企てしも軍を得ることは能は
ざるを以て、一旦其の行進を止めて其の子四千の兵を與へ疾く克什密に停り、夏季を待て其の軍を併せ西藏へ向ひ、空爾的に距る遠らざる處に於て瘴氣に中りて
爾に赴かしめ自ら兵二千を率ゐて空爾的に停り、夏季を待て其の軍を併せ西藏へ向ひ、空爾的に距る遠らざる處に於て瘴氣に中りて
侵入し直に拉薩府を占領し歸路喀噶爾に
死去せり。
 次で土耳其の同敎宣敎師阿都喇汗と云ふ者吐魯番に來りて布敎す。彼に九子
あり。長男を阿布都喇阿勒哈黙特三を哈袞伊特四を拜巴汗五を瑪哈黙特蘇而して長子は葉
勒且六を沙汪七早く天す八布伊勒勤九三を哈袞伊特四を拜巴汗五を瑪哈黙特蘇而して長子は葉
爾差に二子及三子は父に副で四十子は哈密に五子は喀什噶爾に第五子は庫
車に八子は阿克蘇に九子は和闐に在りて各宣敎の事に任せり。然るに喀什噶爾に第五子瑪
哈黙特蘇勒且は衆望他を嘱したりしが巢の喀什噶爾に到るに及び其の信徒を使

二七三

第十一章 歴史の大要