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『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ

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0322 伊犂紀行 : vol.2
伊犂紀行 : vol.2
伊犂紀行 : vol.2 / 322 ページ(カラー画像)

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doi: 10.20676/00000279
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乾隆帝の
南北兩路
平定

十九年所部を率ゐて清國に奔り具さに伊犂の取るべきを陳す。帝大に喜び翌二
十年諸弟を定北將軍に永常を定西將軍に任じ兵を兩路より進め慾然伊犂を攻略
す諸部風を望んで來り投じ南を北兩路及に德を以て西路より慾くべからざるを見
て阿睦撒納伊犂に擁して叛す。帝其の命じて兆惠に行はれ死者嗚咽す。是に於て
す袋扎布に命じて北路より將軍に命じて西路より進み嗚爾を副將長嘱して兆惠富
成嗚爾諸部へ嗌し且つ疫癘大に戕殘し哈薩克部に投ず。而して兆惠の副將變思向
會張諸爾盡く潰へ阿睦爾撒納奔り幾思嘱原に出づ薩族を殲す。面して兆惠富德と
進み兵を派し分つて伊犂に進み斬殺ひんど阿睦爾撒納逐に露西亞に逃れ後
一軍を派し悉く清兵惡しく擊破し直に其の牙帳に逼る吉爾幾思嘱原に出づ阿睦
抗せしも清兵伊犂に入るや犬小の湖查舊部の義語にて即ほ君主と云ふ統べしめ小
疫疫を患ひて死す。初め患兵伊犂に入るや犬小の湖查舊部の義語にて即ほ君主と云ふ統べしめ小湖
查看那敦は之を葉爾羌に歸して其の事を掌らしむ。然るに阿睦爾撒納の變軍集占衆を率ゐて彼を助けしが

大小湖査
の叛亂

準噶爾の
滅亡

一七八