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『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ

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0329 伊犂紀行 : vol.2
伊犂紀行 : vol.2
伊犂紀行 : vol.2 / 329 ページ(カラー画像)

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doi: 10.20676/00000279
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尋で起り喀什爾に入らんとする多事を來したり。
又密に喀什爾に入らんとす。同年(光緒七年)喀塔朱里亞其の族六人を率ゐ古爾
て之を鈥察克人等を糾合し遂に喀什爾の回城に據り進んで葉爾羌を攻む。清兵
幾思鈥察克人等を撃破す喀塔朱里亞退いて住民を保んとするも住民を閉ぢて
逼れて之を撃破し其他の喀塔朱里亞大學して阿克蘇に次し將に向はんとす。
納へて之を撃破し其他の喀塔朱里亞大學して阿克蘇に次し將に向はんとす。
喀塔朱里亞猖獗して浩清兵大學して阿克蘇に次し將に向はんとす。從て喀什爾の同民其罪を懼し山中雪に遭ふ者
男女老少二萬有餘途鐵列克嶺を超ゆるに當り時恰も嚴寒に際し山中雪に遭ふ
牛馬は凍死すと云ふ。
此の猖獗あり。
慢を退くうし爾來數年湖查は一意喀什爾をほ浩罕に護る所あるに困り浩罕盆暴
を退くうし爾來數年湖查は一意喀什爾をほ浩罕に護る所あるに困り浩罕盆暴
べからざりしが遂に豐七年以百一五湖查掠"利汗朱里亞"に遂に其意を達せり。然れ
ども彼れ性殘忍誅戮至らざる無く人々危疑相禁みて難を諸方に避くる者多し。
清の大軍伊犂より進む。賊兵潰走し掠利汗朱里亞を倒すこと前後四回なる
會清の大軍伊犂より進む。賊兵潰走し掠利汗朱里亞を倒すこと前後四回なる
もの僅に四箇月又走で浩罕に入る。湖查の喀什爾を亂すこと前後四回なる

第十一章 歴史の大要

一六五