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0332 伊犂紀行 : vol.2
伊犂紀行 : vol.2 / Page 332 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000279
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一八八

羅の悲と變し怒火の土と化せんと欲す。而して彼の新疆一帯各城に駐戍する囘
兵も亦ち囘匪と爲り土民と力を協せて今是等の反徒の
謀主とする者は和闐に在りし張格爾の子布蘇格湖査は和闐を除くの外天山南路の汗と
爲り略して其の補囘民は虎悉く陷落し將軍以下七萬五千人の兵員官吏殆
を汗とし尼阿克の七城悉く陷落し將軍以下七萬五千人の兵員官吏殆
僧○鳴る阿伯克に任じ和闐は虎悉く陷落し將軍以下七萬五千人の兵員官吏殆
子布蘇格湖査を汗と爲し葉爾羌は穆罕默

伊犂陷落七
の阿伯及城
立古陷落


同治六年千八〔六〕伊犂の布蘇格を討ちその壽手に罵りたり。
除じて天山南路の阿密汗等各彼等を逐ひて遂に自立したり。是に於て土耳其常彼を
古伯の惶なく彼等を逐ひて遂に自立したり。是に於て土耳其常彼を
古伯八年九八〔六〕露國路の阿密汗と。
同じと通商條約を結べり。此の間清廷は漸く内部の亂を平定し同治七年先づ左
宗棠を陝商の總督に任せり。左宗棠乃ち兵器を整へ賞罰を嚴にし自ら陣頭に臨
み叛民征討の功着々として現はる。

露國敎
と係國約
結ぶな徒

至そして伊廷は全軍の兵約三萬餘を以て復し南北に氣勢を張り古道を學び美露將軍カフマンに走れ……に謂
宗棠が左に於て兵器を整へ賞罰を嚴にし自ら陣頭に臨み……
外に之を……
宗棠が新に勤めて……三萬餘……路……南北……得べく……置……