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0114 Études sur l'Art Bouddhique de l'Inde : vol.1
Études sur l'Art Bouddhique de l'Inde : vol.1 / Page 114 (Grayscale High Resolution Image)

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doi: 10.20676/00000287
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興味ある問題になるやうに思はれる。向ほ、此の街道は其の経過する地方全
般に亙る歴史及び考古學の大部分を支配し、一例を擧げてみると、バーミャ
ーン諸城の如きに就ても首背すべき唯一の説明を與へるものであると云ふ
ことを諸言ひ加へて置きたい。上述の理由に依り、此の本道と其の主要な宿
々とに關する研究は、物識りの通譯とは當時の通路が遠かつたものだと言
つて、印度と上アジアとの間にする通路を議するまでもなく、法師自
もいのは言ふまでもないことである。遠方を議するまでもなく、法師自
身も歸りにはインダス河及び磐谷からパシェ Bamian ガズ= Ghazni ルダーク
Wardak カーブール地方及びどうしても通らなくてはならぬカビシ 國の線、
それから高川地方、バタクシャーン Badakshan 地方及び五〇米突の高原などを
ブ Andarab から高川地方及び平關に迴り着いた其の道でもあるが、矢張り法師
が往路に選んだ方が遙に交通も繁く又一番近道でもあり、結局バクトリア、
経て略什喝爾及び于闐に迴り着いた其の道でもあるが、矢張り法師
パンジャーブ兩地間の最も容易な通路で、中々猥嚴などはしてるなかつたも

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