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『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ

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0141 Études sur l'Art Bouddhique de l'Inde : vol.1
仏教美術研究 : vol.1
Études sur l'Art Bouddhique de l'Inde : vol.1 / 141 ページ(白黒高解像度画像)

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doi: 10.20676/00000287
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OCR読み取り結果

てハチガク Hailigak 峠標高三六五〇米突の處でコヒバ山脈を越へ、ガルダ
シディワール Gardan-Diwar の村落でヘルマンド川を渡り、其處でハザラヂャ
ート Hazaradjat から来る隊商衛道に合し、標高三五〇米突といふ際限もないウナイ
て居る。さうして地方の山又山を越えてヘラト Herat に出で、景色のよい此の谷川に沿うて
Ounaï 峠を越えてスタン圓都に着いて居る。此の道を通るとバーミャーンガー
ブール間の距離は僅に四十五クルウル約一三五吉米突に過ぎないが、今ゴルバ
ンドル Giordham を迂囘するとと七五吉米突に達するものである。今かから
考へてみると盆谷を迂囘するに何にも不識に思はれるかも知れないが、玄奘法師は決して
てるものであるが、今の處へ思ふに何にも不思議ではない。
カーブルに如何にも常時此の非法師は決し
シェヴァッキー Gazni カマリー Kaniiz 兩村落の上方に其の方に当つたことなど遺跡を發見され又
る十二三の寺が此の町のお蔭で立ち行くものであり、此のことなども當事實であ
るらしい。それにしても當時のカーブルはカビシャで第三流の都會に過ぎ

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