National Institute of Informatics - Digital Silk Road Project
Digital Archive of Toyo Bunko Rare Books

> > > >
Color New!IIIF Color HighRes Gray HighRes PDF   Japanese English
0251 Études sur l'Art Bouddhique de l'Inde : vol.1
Études sur l'Art Bouddhique de l'Inde : vol.1 / Page 251 (Grayscale High Resolution Image)

New!Citation Information

doi: 10.20676/00000287
Citation Format: Chicago | APA | Harvard | IEEE

OCR Text

問題を解決されたものとして、其論證を遺物に寫されてるものを見る事に
したいと思ふ。
 然しながら、常に遺物は、文獻の教ふる所を確めるに止まる事を注意して
おかねばならぬ。それで紅蓮が奇瑞であり、從つて清淨な誕生の象徴である
としても、只の像では一切の有情を繞する輪廻の中に、諸趣
の轉生を受ける。乙は、或者は鳥や蛇の様に卵生し、
              或者は哺乳類の様に胎生し、
更に蟲の場合の如く自然に生れるのではなく、又、如きの超自然乳類の様に胎生し
天上では地上の様に生れると思ふ。然らば如何との問題がある。數多のたれども
ふ事は、容易に許されるので知れる。乙は弥陀との問題になつて、極樂の現圖や、弥陀の淨土を説く文面で、蒙生は蓮花の中に、その中に化生に
て、跪跌して坐すとあるので知れる。乙は短い句であるが、自然の彌陀
眞意を解し難い象徴の意味が、眞に掃へられる。こゝで蓮花は嘗に微象であ
るのみでなく、必然的な仲介物になつて、謂はゞあらゆる超自然的出生の母
胎となつてるのである。

— 24 —