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0110 Études sur l'Art Bouddhique de l'Inde : vol.1
Études sur l'Art Bouddhique de l'Inde : vol.1 / Page 110 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000287
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たものである。其のうちにカーブールの町は回教徒に征服されて現在の地に
移されたものらしく、カーブールが其の地方の政治の中頃になつてガズニの町の凋落する
と同時に、其の地方の経済の中心になり切つてゐるたのである。
んだものと思はれるが、十四世紀には愈よ其の中心はカーブシーの有様で、アレキサ
る。さういふ譯でティムールランジ Timour-Lang はカーブールを以て印度遠征の作戦基地としたもので
住者を送りはしたが、其の地の名などは最早知らなかつたシーの有様で、アレキサ
ンダー大王とは反対に、カーブールを以て印度遠征の作戦基地としたものである。
余はこゝに此の話を続ける必要もなく、及十二三種の言語の話されてゐた
国境にある此のバベル Babel が、十六世紀の初めから、どうしてヘングスタ
ン学校で領土の守護者たる地位に立つたか、曾てナーメディカーンジャ
ーニ Ahmad Khân Dourraïni が、ペルシャのセフヴィス Séfécis 印度の大蒙古
Grands Mogols 兩王朝の時を同じうする衰微に乗じて、どうして見事に獨立を

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