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『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ

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0124 Études sur l'Art Bouddhique de l'Inde : vol.1
仏教美術研究 : vol.1
Études sur l'Art Bouddhique de l'Inde : vol.1 / 124 ページ(カラー画像)

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doi: 10.20676/00000287
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OCR読み取り結果

(Means of Bahan. 二二九頁。二〇八頁、二二三頁をも参照と言つた處で、大王も法師と共に、それぞれ此處で一段の覺悟を見せてるのは面白いことである。即ち、アレキサンダーがアテナの神に犠牲を捧げて新計劃の幸先を祈り、部下軍隊を率して其作戦の火蓋を切つた處境は正にこのラムが矢張一同の地であり、玄奘法師が其旅行中に恰も神の概況を抑入した地の入口にでも着いた際の感じを抱いたからに、要するに、両人共に言ふものは言ふ同一の地點で恐らく現時のマン行程では猶ほ両者の道行が一致し、共に見ゆ約一日ダラウール Mandanwar 村落の附近であらう。アリシン Alishing 及びカオ Ke(Chiga)の名で知られてるアリンガル Alingur の両急流を伴せた川を渡るこたものである。此の川は深くはないが、流が急で底の小石は滑るから渡るに危険である。それから暫く両者の径路は別々になり、バヂャウル Bajaur 峡谷に進入し、大王は部下の輕騎縦隊を率ゐて西北クナル Kunar(Choaspe)路谷に進入し、バヂャウル Bajaur 山地方で一年を費し、部下の警卒に數多の死傷者を出し、自身

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