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『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ

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0139 Études sur l'Art Bouddhique de l'Inde : vol.1
仏教美術研究 : vol.1
Études sur l'Art Bouddhique de l'Inde : vol.1 / 139 ページ(カラー画像)

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doi: 10.20676/00000287
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OCR読み取り結果

との境界になつてるたものらしい。シーバール峠を越えて其の東側斜面に出
ると、殊と垂直の急斜面を蔦してギルバンド川(Ghilband)カーブル川に注ぐ
バンヂール川 Pandjir 川の支流の上流に直下し、それから此の川に沿ふて大體
東北東に向ふ約百吉米突の間は屈曲の多い隘路となつてるる。此の間では
法師も何等記述すべきものを發見しなかつた。今でも法師と同じ此の長い
見地に立つて見たら矢張り此の邊には何一つ見るべきものはない。此の間は
隘路の凡を中央チャハルデ Tcharder チャーギル Ghilgil との間に
嶮組の經壁があつて、其の上には高い城壁が殘つてるるが、これは同教以前
の遺跡であるとは思はれない。又々に開鑿地も相當のものや繁昌してバーミャーン
が、遺跡は何處にも見當らない。此の地方には以前
候が溫和で、又確かに古代の遺跡であると思はれるものが開鑿地には寺
ものは何處にも見當らない。つまり、安全だと云ふに足ぬ此の佛教関係の遺跡を留める
が、確に古代の遺跡であると思はれるものが開鑿地には寺
々も互に談合して主要都市の最寄に集合したものらしい。さういふやうな譯
で、バーミャーンとチャリカールの間には寺などの遺跡は認められない。チ

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