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0152 Études sur l'Art Bouddhique de l'Inde : vol.1
Études sur l'Art Bouddhique de l'Inde : vol.1 / Page 152 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000287
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極東フランス學院は、創刊の一年一九〇一年に、健駄邏 Gandhāra の古代地理に關する註解玄奘三藏西域記の一章に關する評註を掲げて、印度及び支那に關する事柄は何事によらず同院の興味を喚起することを明示した。此の註解は、玄奘法師が現在の英領印度に到着した時に筆を超し、其の当時には、シャールフガニスタンに遍歴の跡を辿らう努めた後法師がどの道を通つて其の旅行を続けたものか、その道筋を当方にさういい前よりもずつと明かにすることが出来ようけれども誰しも考へてゐなかつた。何故かと云ふと、曾てはバーンス Burnes、マッソンBurnessフリエ Prieur などのやうな各国旅行家の跡渉した同都督の領土も、牟ばは強大な隣邦に対する当然の疑念に因り、外交圏に属する以外の外国人に対し英國政策上の便宜にも適ふといふ常識で、牟ばは又その鎖国が結局ては再び禁断の地域となり、入園を厳禁された考古學者などは、露及び支

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