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0161 Études sur l'Art Bouddhique de l'Inde : vol.1
Études sur l'Art Bouddhique de l'Inde : vol.1 / Page 161 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000287
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べたのである。今日のカンボヂア人は、遊覧客に見ると同じく、フランス考
古學者の事業の成果と共に、其の過去の偉大な輪廓の再建を熱情を以て迎へ
てゐるのである。



此の過去といつてもそんなに古い事ではなく、忽必烈汗の遣はした支那旅
行家周大觀が、十三世紀末頃、印度の文明が充分に遶羅の半カンボヂア女
明の猶盛んなのを見たのであるが、二百年を降らないうちに、十四世紀に入つてゐる古都を
楽てる事となり、再び銘文を見るに至つては、以前印度教神殿の佛修聖殿
なつて了つたので、一時には、印度で已に久しき寺院を復活したのである。此の古い佛道院
の名をも知られ、一般信仰の中に、之等の寺院を廃してゐたのであるが、カン
代將軍家光の使者が、アンコールヴォトに巡歴して聲活したのは巡礼語佛教の三
あるのでも知れる。赤、小乘佛教の名で稱せられてゐる巴利語佛教が、カン
ボヂアの公教であるのも忘れられないが、錫蘭、ビルマ、遶羅のも同じ教

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