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0184 Études sur l'Art Bouddhique de l'Inde : vol.1
Études sur l'Art Bouddhique de l'Inde : vol.1 / Page 184 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000287
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バニーズ Pangymas の南方であつて、決して北方でない事は疑ふ可き餘地が
あるまい。而してギリシァバクトリア人であつたギリシア人が、實にインド
ギリシア人となつたのは、ギリシア人が、バクトリアを棄てて、印度に移住に
退和する時と機會とを得て、其の取等が殊に當みを産むに至らしめたのは
混和であり、已に述べた如く、此の流派は印度的思想が、西洋の技術と最
も緊密に結んでるるのである。

上來三點の考究を述べたが其の結果は、其の間に相通ずる所があり、之
を概括して次の様に結論する事を得る。佛像の印度ギリシア様式は鍵陀羅
も緊密に結んでるるのである。

— 恐く一層嚴密には、プシカラーヴァイー様式 Pushkalavati
㈤ の町で、西暦の始より稍早く、歐亞人、少くとも、極めてアジア化した
ギリシア人の手で生れたといふ事になる。而して、其の創意と呼び、及之
が全佛教アジアに驚くべき成功を收めた祕密とも稱するものが宿つてるの

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