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0191 Études sur l'Art Bouddhique de l'Inde : vol.1
Études sur l'Art Bouddhique de l'Inde : vol.1 / Page 191 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000287
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キスタンのミンオイ 乃至Or(トルコ語にて千佛堂の意に驚く許り似て居り、
其處に猶遠つてる彫書の斷片はセランド風作品と鑑定に得る位で、要する
に已に印度を去つて中央アジアに向つたといふ感じを明確に抱くのである。
此處より再び印度を進む事數次、新たにカビシ Kāpiśi 國で幸運を求めての
よう。其の首都カービシー Kāpiśi の名は、ユークラデースの一般貨幣中に記とし
れてるるのでよく知れ超えてる。今日ではベグラーム Begrām の一般貨幣中に記とし
て居るのである。其の城市の跡は米人マッソン Masson に發見され、決して印度ギリシア及びイン
已に一世紀になるが、其地形について玄奘三藏が述べたものもここにある。
ドシアの貨幣を得て之を印度会社に述べた幾千といふ印度ギリシア及びイン
博物館に藏してゐる。其地形について玄奘三藏が述べたものもここにある。
なく確かに發掘で、一九二四年の秋季にアカン Hackin 佛教派の眞正の斷片を齎した事
始めての發掘で、一九二六年の春時にバルッー Bazin 氏が試みて、ギリシア風佛菩薩の像や浮彫は、
にバルッー Bazin 氏が試みて、ギリシア風佛菩薩の像や浮彫は、
である。此の兩氏が此處で發見した佛菩薩の像や浮彫は、嘗に様式のみなら

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