National Institute of Informatics - Digital Silk Road Project
Digital Archive of Toyo Bunko Rare Books

> > > >
Color New!IIIF Color HighRes Gray HighRes PDF   Japanese English
0223 Études sur l'Art Bouddhique de l'Inde : vol.1
Études sur l'Art Bouddhique de l'Inde : vol.1 / Page 223 (Color Image)

New!Citation Information

doi: 10.20676/00000287
Citation Format: Chicago | APA | Harvard | IEEE

OCR Text

言ひ換ふれば、說話的繪畫的な輪廓中で、中心の像が最重要な地位と役目
を占めて、恰も之が一の偶像となるに從つて他を排ひ除けようとしてゐるかの如き
ものがある。而して此の傾向が進むに從つて、佛敎々圖中で、偶像の傾向が
漸次物語風な浮彫の傾向からみを作る位になつてゆく様になり、
しないで、殆んど聖像のみから還つてゆくものが、彫刻家は場面を寫す事を
我々の特殊な見地からすれば、斯の如くなきものが、印度佛敎美術發達の窮極
する所であらう。之は今見た様に、其の根源は乾陀羅自身にあるが、之と、更
信仰の叙述的な現はし方を、後に至つて、之から離した圖像が數を増して來
たものであるが、未來佛彌動かし得る位になつてゐるので、最も遲れた彫刻で、或は他の過去佛、
には、出來かけてゐる位に限られてゐる。而してベナレス附近彫刻で、觀世音菩薩像
が出來かけてゐる位に限られてゐる。而してベナレス附近彫刻で、觀世音菩薩像
に至つて、紀元四五世紀の思惟佛及び思惟の菩薩の眞正な像に始めて新
しい特に佛敎的な群像の最も確かな要素を見る。(サールナート Ajanta窟の
「印度考古學調査年報中に發表してある」次いで、アチャンター Ajanta窟の

— 48 —