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『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ

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0263 Études sur l'Art Bouddhique de l'Inde : vol.1
仏教美術研究 : vol.1
Études sur l'Art Bouddhique de l'Inde : vol.1 / 263 ページ(カラー画像)

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doi: 10.20676/00000287
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OCR読み取り結果

其の後約二百二十五年を経た西暦紀元前三世紀の中葉、阿育王は此み難い
信仰の情から、これ等八箇所或は少くとも七箇所の塔を掘り出して、其の遺
骨を同種の聖堂に頒ったので、これ等八箇所成は少くとも七箇所の塔を掘り出して、其の遺
たのである。かくして、印度で塔婆塔と稱する此の種のものを多く見るに至つ
當に役目をなし、其後彫刻を施すに至つてる。而して、之をめぐる玉垣や高い門
の遺物とするに過ぎなかったので、此の装飾が忽ち、古来の印度の風習で、高い門
瓦や石の墓塚を取圍んだものである。今度は、此の装飾が忽ち、世登在世
たる叙事的傳記的性質を取つて終始したので、其の根本の目的が、世登在世
中の主な挿話的傳話的性質を取つて終始したので、其の根本の目的が、自然な事は
他にないのである。歸依者の眼前に記念するにあるとすれば、之程自然な事は
佛教の浮彫は、一般に何の爲の彫刻と密接に結んでゐる敬度といふ意味であるか知れる
この浮彫を構成してゐる特性に、どういふ意味であるかを知る上に何等助けとならず、寧ろ、此の装飾
は殆んど全く、設話を象つてゐるが、而も何處までも、世俗の登祭を現はす

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