古都北京デジタルマップ

変わりゆく北京の250年間を地図と写真で再現します。
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背景

オリンピックの開催を間近に控えた北京では、近年の大規模な開発による現代的な都市への変貌が注目を集めていますが、その一方で1000年の歴史を持つ古都北京の伝統的な街並みも失われつつあります。しかし急速な都市基盤整備は北京オリンピック開催とともに一段落し、今後は都市の歴史と文化を踏まえた都市開発への関心が高まることも予想されています。また長年にわたり中国の政治の中心だった北京には多くの分野の研究者が関心を持って研究を進めていますが、そこでも都市の歴史と変化に関する研究の基盤となるような情報を整備することが重要な課題となっています。

2008年7月14日に公開した『乾隆京城全図』(けんりゅうけいじょうぜんず)は、こうした要請に応えるものです。この古地図は北京という都市の歴史を探るためには最高の史料的価値をもつ古地図であり、その利用は研究者のみならず一般の人々にも広がる可能性を秘めています。しかしその存在は一部の研究者の間で知られるにとどまり、これまで閲覧が不可能に近い状態だったために利用も進みませんでした。このたび「古都北京デジタルマップ」としてこの古地図を公開することにより、250年前の個々の建物の姿を正確かつ詳細に描いた古地図が、誰でも自由に簡単に使えるようになります。このような北京の歴史に関する学術情報基盤の一般公開は、学術・教育・文化の分野に大きなインパクトを与えるものであると考えています。

これまで本研究グループは、ディジタル・シルクロード・プロジェクトにおいて、シルクロード地域および北京に関するデジタルアーカイブの構築に取り組み、多くの貴重書のデジタル化や古地図の位置合わせと公開などを進めてきました。「古都北京デジタルマップ」は、その巨大さによりデジタル化の難易度が高い北京の古地図『乾隆京城全図』に対して、これまでの研究で蓄積した技術を発展させて得られた成果となります。

ポイント

古地図のデジタル化と位置合わせ

まず本研究グループは、古地図をデジタル化して現代の地図に重ね合わせることで、過去と現在の照合・比較を可能にしました。

「古都北京デジタルマップ」に利用した地図は、財団法人東洋文庫が所蔵する『乾隆京城全図』興亜院版です。この本は17冊、203ページに分割して古地図を印刷しているため、デジタル化においては個別にページをデジタル化した後に、切れ目なくつなぎ合わせる必要があります。さらに250年前の古地図には緯度・経度の情報が付与されていないため、現代の地図との位置合わせには、過去と現在とで対応点がきちんと合うように地図を変形させることが必要です。この作業は地図が小さければそれほど難しくはありませんが、今回の地図は203ページ、合計290億画素に達する巨大な地図であるため、その作業には種々の工夫が必要でした。

そこで本研究グループでは、Google社のGoogle Earthを利用した位置合わせ手法を開発しました。最初に古地図を大まかに位置合わせしてGoogle Earthに表示した後、古地図と現代地図とで同じ場所を指すと考えられる基準点を約1800箇所、基準点を結ぶ直線状の城壁や街路などを約500箇所収集しました。次に古地図に幾何補正を適用し、直線構造を保持しながら基準点のずれが小さくなるような変換式を計算しました。こうして古地図を変形させた結果をGoogle Earthで閲覧できるKML形式に整え、途中経過を見つつ基準点に繰り返し修正を加えていくことで、位置合わせの精度を徐々に高めていきました。

こうして得られた現時点で最も精度の高いデータを、KML形式で本日から一般に公開します。ただし今後もバージョンアップを続けることにより、継続的に精度を向上させていく計画です。

古地図としての信頼性の向上

次に本研究グループでは、古地図に出現する地名を検索するための索引を整備するとともに、地図の貼り合わせの誤りを修正しました。

まず『乾隆京城全図』に附された索引の照合を行ったところ、索引に記載されている地名約3600件のうち、約800件の地名に誤りがあり、約400件の地名が記載漏れになっているだけでなく、地図自体にも貼り合わせの誤りがあることが判明しました。『乾隆京城全図』には現在との対応関係が不明の部分が存在することは従来から指摘されていましたが、実際に外城の西部の広寧門大街(現在の広安門内大街)南側において、ページの逆転や同一ページ内の左右逆転が5ページにわたって生じていることを明らかにしました。これは原図が傷んで修復する際の、貼り合わせの間違いが原因ではないかと考えられます。

以上の索引の修正と地図の貼り合わせの修正により、古都北京デジタルマップの『乾隆京城全図』は、デジタル化前の紙の地図よりも信頼性の高い学術情報基盤として利用できるようになりました。

古地図としての利用価値の向上

最後に本研究グループでは、古地図の検索機能や他データとの統合機能を実現し、古地図の利便性を高めました。

まず古地図の検索機能として、増訂を加えた索引に基づき、『乾隆京城全図』の中に存在するすべての地名を、日本語新字・正字(=中国語繁体字)、および中国語簡体字・中国語ピンインによるアルファベットで検索する機能を実現しました。また検索した結果をGoogle Earth上で表示できるようにし、ある条件を満たす地名(施設)の分布などを古地図の上で閲覧できるようにしました。次に他データとの統合機能として、「東洋文庫所蔵」図像史料マルチメディアデータベースでアーカイブしている約100年前の北京の古写真を古地図に重ね合わせて表示する機能(今昔写真)を実現しました。また古写真を可能な限り現在の写真と対応させることで、北京の現在、100年前、250年前の姿を比較して楽しめるようにしました。これらの機能は、研究者のみならず、北京の歴史に興味をもつ観光客などの一般の人々にも有用であると考えます。

『乾隆京城全図』とは?

『乾隆京城全図』(けんりゅうけいじょうぜんず)とは、清王朝の乾隆帝(在位1735-1795年)の勅命によって編纂された、北京に関する詳細かつ最古の実測図です。作成に当たっては、イエズス会宣教師のジュゼッペ・カスティリオーネ(Giuseppe Castiglione、中国名は郎世寧)が技術指導に当たり、宮廷画家の沈源が作画を総括して完成まで5年の歳月を要しました。そして1935年に故宮博物院の内務府造弁処輿図房で発見され、その後は現在に至るまで故宮博物院に所蔵されています。しかし縦14メートル、横13メートルにも達する巨大な地図であるため、現在は閲覧が不可能な状態にあり、一般に利用できる可能性があるのは以下の複製本となります。

書名 出版年 編集
1 『清内務府蔵京城図』 1940 故宮博物院
2 『乾隆京城全図』 1940 興亜院華北連絡部政務局調査所
3 『加摹乾隆京城全図』 1996 中国古建築研究所と北京市文物局

今回のデジタル化で利用したのは、財団法人東洋文庫が所蔵する2の複製本(興亜院版)です。これは、高解像度写真を用いた印刷の美しさに定評があり、また『乾隆京城全図』の発見者である故宮博物院文献館の曹宗儒が作成した地図索引も附されていることなどから、最良の複製本と言われています。ただし複製本とはいえ、日本国内でも所蔵が数箇所に限られるほどの貴重な本であり、その閲覧は非常に困難な状態にあります。

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