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1.総論柘植元一(東京藝術大学名誉教授)

1-1「シルクロードの音楽」とはなにか

 シルクロードの名を冠した音楽のイヴェントやテレビ番組やCDやDVDは無数にある。だが元来「シルクロードの音楽」とはきわめて漠然とした呼び名であり、「シルクロード音楽」などという音楽のカテゴリーないしジャンルは現実には存在しない。そもそも「シルクロードの音楽」などというくくり方が行われるようになったのは、せいぜいこの四半世紀の現象である。

 実際に「シルクロードの音楽」と題したCDに含まれているのは、西アジアおよび中央アジアの音楽、そして南アジアおよび東アジアの音楽であり、時にはわが日本の音楽も含まれる。これはシルクロードの終着点としての日本(とりわけ遣唐使によってもたらされた唐代の楽譜や正倉院の楽器)を視野にいれた見方である。さらに東ヨーロッパや北アフリカの一部が含まれることもある。要するに、古来アジアとヨーロッパを結んできた東西の交易路および南北の連絡路の沿線にある地域の音楽を大ざっぱに含めてこう呼んでいるのである。したがって、「シルクロードの音楽」とは、西はローマ以東のヨーロッパおよび北アフリカ、そして東は日本に至るユーラシア大陸の(主として)伝統音楽を漠然とさすが、これは、事実上、ヨーロッパ人から見たオリエントの音楽(東洋音楽)とほとんど重なっているのである。

 しかし、狭義には、かつて中国で「西域楽」と呼ばれていた外来音楽をさして「シルクロードの音楽」と呼ぶことが多い。西域楽が中国で盛んになったのは六朝時代以降であるが、西アジアの楽器がすでに漢代にもたらされていた。すなわち、琵琶や箜篌など西域楽器は古くから中国で知られていたのである。『通典』の記述を信じるならば、すでに後漢の後期には箜篌が存在していて、霊帝(西暦168-88)がこれを好んだ。しかし、「摩訶兜勒曲」のような西域の楽曲が張騫によってもたらされという説は後世の付会であろう。

 二世紀半ば頃、西域の仏僧が中国にやってきて布教と訳経にたずさわり、仏教が中国の民衆の間に浸透していった。仏教音楽はこの頃、主としてガンダーラ地方から伝来した。

 南北朝時代になると、西域の楽師(ソグドの音楽家)が多数中国に渡来してきて定住した。これは、隋唐両朝の西域進出および西域経営によって、中国人はじかに西方の音楽に接するようになったからである。トルキスタンのソグディアナ(イラン系のソグド人の地)と唐とが直接に結ばれた結果、ソグド商人たちが西域の奇貨珍品を駱駝の背に積んで頻繁に長安にやってくるようになった。

 その結果、七~八世紀の長安はもっとも繁栄した国際都市になったといわれる。渡来人の中に楽人や舞人がいたことは疑いなく、奇貨の中に多くの西域楽器が含まれていたことはいうまでもない。盛唐期の長安の人々は胡楽・胡旋舞に代表される西域楽をもてはやした。これこそ狭義のシルクロードの音楽である。しかし、これは唐代の西域楽であるから、むしろ「古代シルクロードの音楽」と呼んで区別した方がいいかも知れない。正倉院楽器を模造して敦煌楽譜に記された唐代音楽を復元する試みはこの類である。

 音楽文化は西方から中国に東漸したばかりではない。逆に、中国の楽器もシルクロードを通って西漸した。中国起源の笙がササン朝ペルシアで用いられていたのは周知の事実である。これはターゲ・ボスターンの摩崖浮彫をはじめ、ササン朝の銀器(長杯、銀鉢、水注など)に描かれている。その名も「中国のモシュタク」と呼ばれていたのである。時代は下るが、十三世紀初め、チンギス・ハンとその子孫が中央アジア・西アジア・北アジアを統合して広大は版図を拓くと、漢民族の楽器やモンゴルの楽器が西アジアで知られるようになる。笙や弦子や琵琶やヤトゥガンが「キタイ(字義的には遼)の楽器」と呼ばれながら、「中国」伝来の楽器として十五世紀ペルシアの楽器誌に記録されている(アブドゥルカーデル・イブン・ゲイビー)。

 一方、この地域の太古の音楽文化を探る試み、つまり、先史時代の中央アジアや西アジア、そして古代オリエントの音楽の研究も広義のシルクロード音楽に含められる。シュメール、バビロニア、アッシリア、アケメネス朝ペルシアなどの音楽、さらにギリシアのアレクサンドロスの東征の結果生まれたヘレニズム文化の音楽である。具体的にはバクトリアおよびパルティア(安息)の音楽が、後のササン朝ペルシアやガンダーラの音楽の先駆となる。

 このように「シルクロードの音楽」という呼び名はきわめて曖昧であるが、ここでは二千年前以上前に拓けた交易路――中国の特産物「絹」を西方世界に運んだ隊商路――を通じてさかんに行われた東西の音楽文化の出会いにはじまり、その交流の結果として生まれたアジアの歌舞音曲および楽器の伝播および変容のダイナミックな諸相を、この名で呼ぶことにしよう。したがって、近代のシルクロードの音楽、現代のシルクロード音楽というくくり方もあえて試みる。

1-2 シルクロード各地域の音楽文化

 ここではシルクロード各地域の音楽文化を大まかな歴史的な時代区分とあわせて紹介する。

(1)古代メソポタミアからササン朝ペルシアに至る西アジアおよび中央アジアの音楽
(2)古代インドからガンダーラおよび西域の仏教音楽 
(3)隋・唐の胡楽
(4)唐の胡楽の東伝(日本と朝鮮への伝来)
(5)イスラーム時代の西アジアおよび中央アジアの音楽(中国新疆ウイグル自治区の十二木卡姆やカシュミールのスーフィヤーナ・カラムを含む)
(6)イスラームの侵攻以降のインドにおける古典音楽
(7)南アジアの宗教音楽の伝統:ヒンドゥーとスーフィズム
(8)中央アジア遊牧民族の音楽と語りの伝統(トルクメン、キルギス、サハ、モンゴルなど)
(9)近代西アジアの音楽とヨーロッパ音楽との交渉
(10)環地中海の音楽文化とシルクロード(ギリシア、イタリア、イベリア半島、セファルディム系ユダヤの音楽など)

 ほかに、十九世紀末から二十世紀前半における列強のシルクロード探検による考古学的資料(この中に音楽資料が含まれる)の発掘と奪取、および近代音楽におけるオリエンタリズム諸相、そして二十世紀末から二十一世紀にかけての世界音楽としてのシルクロードの音楽の展開も無視するわけにはいかない。

1-3 シルクロード音楽の全体像

 これまでシルクロードの文化は主として、東西の歴史文献および十九世紀から二十世紀にかけての探検家たちの発掘採取活動によって、考古学、言語学、東西交易の歴史、美術史、仏教伝来の歴史などさまざまな観点から研究され、膨大な資料が蓄積されてきている。それらの中には楽譜や楽器の断片をはじめ、さまざまな奏楽の情景を描いた図像資料など、人類の音楽生活にかかわる資料も少なくない。

 だが、従来こうした音楽資料については、断片的な情報として報告されることはあっても、音楽学的な知見にもとづいて検証されることは稀であった。音楽学の分野では近年、とりわけ楽器学・音楽考古学・音楽図像学といった専門分野で、古代シルクロードの音楽資料が新たな研究対象として取り上げられている。それらの研究成果とこの地域に脈々と受け継がれてきた音楽の口頭伝承とを統合し、シルクロードの音楽文化の全体像を描いてみよう、というのがこのディジタル・シルクロードの音楽プロジェクトの目的である。

目次 

  1. 総論
  2. 古代メソポタミアからササン朝ペルシアに至る音楽文化
  3. 古代インドの音楽と楽器
  4. 胡楽の時代:隋・唐の宮廷における西域音楽
  5. 日本と朝鮮に及んだシルクロード音楽文化
  6. 南アジアの宗教音楽:ヒンドゥーとスーフィズム
  7. イスラーム全盛期の西アジアおよび中央アジアの音楽
  8. ウイグル音楽の歴史と現在:十二ムカームを中心に
  9. 中央アジア遊牧民族の音楽と語りの伝統:クルグズ
  10. 中央アジア遊牧民族の音楽と語りの伝統:トルクメニスタン
  11. 近代西アジアの音楽とヨーロッパ音楽との交渉:トルコを中心に
  12. 環地中海の音楽文化とシルクロード:古代ギリシアとローマ
  13. 環地中海の音楽文化とシルクロード: 近代ギリシアとオスマン・トルコ
  14. 環地中海の音楽文化とシルクロード:イタリアとオスマン・トルコ
  15. 環地中海の音楽文化とシルクロード:セファルド系ユダヤ人音楽家の活動
  16. シルクロード探検史に見る音楽資料
  17. ワールドミュージックとしての新しい「シルクロード音楽」の創出

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