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14.環地中海の音楽文化とシルクロード:イタリアとオスマン・トルコ金光真理子


 イタリアにおけるオスマン・トルコ(以下トルコ)の音楽の影響は、大きく直接的な影響と間接的な影響の二つにわけることができる。直接的な影響はいわゆるクラシック音楽において、間接的な影響は民俗音楽においてみられる。

14-1 イタリアにおける「トルコ風」音楽:G.ロッシーニの例

 十八世紀、ウィーンやパリを始めとするヨーロッパの宮廷や劇場では「トルコ風」の音楽が流行した。トルコの軍楽メヘテルからインスピレーションを得て書かれた音楽である。メヘテルおよび「トルコ風」の音楽についての詳細は、第11章を参照されたい。

 イタリアの作曲家で「トルコ」を積極的に取り入れたのは、G.ロッシーニ(1792-1868)である。オペラ作曲家として一世を風靡したロッシーニの初期の作品に《アルジェのイタリア女》(1813)、《イタリアのトルコ人》(1814)がある。タイトルが示す通り、トルコのスルタンや王子が登場し、後のロマン主義へと通じる異国情緒を題材にしているが、音楽的には当時の西洋音楽の語法の域を出るものではない。ロッシーニの「トルコ風」は、急きたてるような旋律、行進曲調のリズム、吹奏楽器や打楽器の音色によって表現されており、同時代の「トルコ風」の表現と共通している。

 実際のところトルコ軍がイタリア半島内に及んだことはなく、当時のイタリアの人々、とりわけ庶民がメヘテルの音楽を直接耳にすることはなかった。もっとも、イタリアの民俗音楽には、間接的にトルコがイタリアへもたらしたバルカン半島由来の音楽があり、現在まで受け継がれている。アルバニア移民の音楽である。

14-2 アルバニア系イタリア人の音楽

 コンスタンチノープル陥落以後、数十年に渡る攻防の末、1478年、遂にアルバニアもトルコに征服される。アルバニアを逃れた一部の人々はアドリア海を渡り、イタリア南部へ亡命した。移民は十八世紀まで断続的に続き、現在イタリア南部には九十四のアルバニア系イタリア人のコミュニティが存在する。

 アルバニア系イタリア人が独自の文化として今も保持しているのが、言語と宗教そして音楽である。アルバニア系の村では現在もアルブレッシュと呼ばれる古アルバニア語が話され、ビザンチン様式の聖堂でギリシア正教の礼拝が行われている。そして音楽にはバルカン半島との繋がりを強く感じさせる歌唱様式と楽器がある。

 アルバニア系イタリア人の伝統的な歌のジャンルに、ウジェシュVjeshet(歌)がある。ウジェシュはイタリア南部では珍しい合唱の形態をとる。もっぱら女性が三人ないし四人で歌うことが多く、一人が旋律を歌い、残る二(三)人がその三度下でほぼ並行して歌う。力強い地声の発声、そして声と声がぶつかりあう独特な唸りの響きは、ブルガリアなどバルカン半島のポリフォニーに相通じるものである。
〔参考映像資料:http://vimeo.com/8219562

 ウジェシュと並んでバルカン起源と考えられるのが、小型のバグパイプ、スルドゥリーナ Surdlinaである。スルドゥリーナは、イタリア南部の種々のバグパイプ(ザンポーニャ)の中でも、その構造や奏法がひときわ異なり、よりアルカイックな存在とみられている。演奏される音楽もまた、ザンポーニャがより旋律的であるのに対し、スルドゥリーナはよりリズミックで、対照的である。

14-3 バグパイプとクリスマス

 バグパイプは実はイタリアの民俗音楽を代表する楽器の一つである。12章で述べたように、地中海世界を中心に、中近東に広く分布するバグパイプが、ヨーロッパ全土に広く伝播している事実は興味深い。ヨーロッパにおいて、バグパイプはどのようなイメージ、どのような社会的・文化的位置付けのもとに伝承されてきたのであろうか。

 イタリアの場合、バグパイプはクリスマスのイメージと密接に結びついている。キリスト降誕を描いた図像では、十三世紀頃から、天使によってベツレヘムの馬小屋へ呼ばれる羊飼いの姿がバグパイプと共に描かれるようになる。たとえば、ジョット(1267-1337)の《東方三博士の礼拝》(メトロポリタン美術館、ニューヨーク)では、画面上部の丘の向こうで三人の天使が彗星の周りに集まり、四人目の天使が左端で二人の羊飼いへイエスの誕生を告げている。手前の羊飼いが手にしているバグパイプは、小さな皮袋とチャンター管が一本見える。質素な馬小屋、中央のマリア、隅で不機嫌そうなヨゼフ、いななくロバ、天使(奏楽天使)――キリスト降誕の図像のステレオタイプな要素の一つに、バグパイプを持つ羊飼いも加えることができる。

 イタリアでは、中世の聖史劇を始め、イエスの生涯を民衆みずからが演じる催しが盛んに行われてきたが、イエスの誕生をテーマとするクリスマスの儀式では、バグパイプ奏者が羊飼いの(羊飼いらしい)格好でバグパイプを演奏してきた。役者とも観客ともなる民衆は、バグパイプ奏者をベツレヘムの羊飼いと同一視し、その音楽を聴きながらイエスの誕生シーンを疑似体験する。このような儀式の中でバグパイプそしてその音楽がクリスマスの象徴として浸透していったと考えられる。現在でも、クリスマスの風物詩であるプレゼーピオ(キリスト降誕の場を人形で表現する模型)を(人形の代わりに)人間自身で行うプレゼーピオ・ヴィヴェンテがあるが、ここにバグパイプ奏者が加わると、劇的な雰囲気がより増すのが感じられる。また、クリスマス前のノヴェナ(九日間の祈り)の時期になると、バグパイプ奏者が村から街へ出てきて、バグパイプを演奏しながら通りを練り歩く習慣が現在も続いている。

 実際には、バグパイプは必ずしもクリスマスの時期だけに演奏されるわけではなく、南部の農村では聖人祭になると伝統的にバグパイプが聖行列を伴奏し、舞踊を伴奏してきた。舞踊の伴奏という異なる顔も持ち合わせているにもかかわらず、バグパイプにクリスマスのイメージが定着してしまった背景には、上述のような図像や聖史劇の伝統が大きく関係しているであろう。少なくともローマなど都会の人々がバグパイプを耳にする機会は、年に一度のクリスマスだけであり、そこから全国レベルでの(ナショナルな)イメージが形成されたと考えられる。

 こうしてバグパイプとクリスマスが結びつくことで、羊飼いに象徴される内なる牧畜文化と、ベツレヘムに象徴されるオリエント性とが、バグパイプの楽器/音楽の形をとって、キリスト教文化の中でうまく消化されていることは大変興味深い。ヨーロッパのアイデンティティを成すキリスト教という要素こそに、オリエントとの密接な繋がりがあることを、バグパイプが暗示しているからである。

【参考文献】
Leydi, Roberto. 1989. Typological Outline of the Italian Bagpipes. Studia instrumentorul musica popularis IX :108-120. Stockholm.
Staiti, Nico. 1997. Angeli e pastori: L'immagine musicale della Natività e le musiche pastorali natalizie. Bologna:Ut Orpheus.

目次 

  1. 総論
  2. 古代メソポタミアからササン朝ペルシアに至る音楽文化
  3. 古代インドの音楽と楽器
  4. 胡楽の時代:隋・唐の宮廷における西域音楽
  5. 日本と朝鮮に及んだシルクロード音楽文化
  6. 南アジアの宗教音楽:ヒンドゥーとスーフィズム
  7. イスラーム全盛期の西アジアおよび中央アジアの音楽
  8. ウイグル音楽の歴史と現在:十二ムカームを中心に
  9. 中央アジア遊牧民族の音楽と語りの伝統:クルグズ
  10. 中央アジア遊牧民族の音楽と語りの伝統:トルクメニスタン
  11. 近代西アジアの音楽とヨーロッパ音楽との交渉:トルコを中心に
  12. 環地中海の音楽文化とシルクロード:古代ギリシアとローマ
  13. 環地中海の音楽文化とシルクロード: 近代ギリシアとオスマン・トルコ
  14. 環地中海の音楽文化とシルクロード:イタリアとオスマン・トルコ
  15. 環地中海の音楽文化とシルクロード:セファルド系ユダヤ人音楽家の活動
  16. シルクロード探検史に見る音楽資料
  17. ワールドミュージックとしての新しい「シルクロード音楽」の創出

執筆者一覧  

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