トルクメニスタンは、南はイラン、南東部はアフガニスタン、東部から北部にかけてウズベキスタン、カスピ海沿岸でカザフスタンと接している。国は五つの州から成り、国旗には各州を代表する部族の絨毯の紋様がデザインされている。国土の大半はガラグム(「黒い砂漠」)で覆われおり、四季があるが夏には灼熱の太陽が照りつけ、冬は氷点下になる大陸性の乾燥気候だ。三月のイスラームの新年ナウルーズや、九月の「バグシ」という音楽家を讃える祝日など、現在でも伝統音楽が脚光を浴びている【図1】。
【図1:トルクメン伝統音楽】
Aleksandr Jus 撮影。W. Hramow, Ŷo.Gurbanmyradow, K. Ballŷew、TÜRKMENBAŞYNYŇ ŶURDY, GAŞ(出版年月日、全ページ数無記載、『ニヤゾフ前大統領還暦記念アルバム(市販書)』)
10-1 東西文化の交差した地域
この国の主要な民族であるトルクメン人の祖先は、アルタイ地方にいたトルコ系遊牧民の一派であるオグズ族とみなされている。次第に西漸してきた彼らと古くからこの地に定住していたイラン系の民族が混血して現在の民族の基盤が形成されたようだ。トルクメンの人相に、どこかインド・アーリア系の面立ちの人々がいるのはその証しかもしれない。この地は、マルィ州にあるメルヴの遺跡が示すように、過去には一部で仏教が栄えていた。また他方で、古代ギリシアの影響を受けた文物が多く出土しており、ヘレニズム文化が波及していたことも明らかとなっている。7世紀後半以降、現在まで続くイスラームの時代以前の、いわば異質な文化が重層的に重なっている地域といえる。しかし、音楽の面で古代の響きを窺い知ることは難しく、人々がイスラームに改宗して以降の音楽が現在まで伝えられている。近隣のテュルク諸民族と似た楽器がみられ、トルクメンで「バグシbagşy 」と言われる吟遊詩人(弦楽器を爪弾きながら歌う歌手)が特に有名だ。
10-2 トルクメンの音楽
10-2-1 勇敢さ、憂い、恋を歌い継ぐ吟遊詩人
トルクメン人は、むかしから馬やラクダで移動する遊牧生活をつづけてきた。数多くの部族の系脈が知られており、20世紀初頭まで部族社会を堅持していたことで知られている。ソ連時代に定住化が進んだが、伝統文化は遊牧の暮らしと無縁ではない。音楽にもこのことはあてはまる。長老が治める比較的狭い社会や家族の中がその伝承の場であった。バグシは彼らが受け継いで来た叙事詩や、高名な詩人の詩を歌い、とりわけ「トイtoý 」といわれる婚礼をはじめとする祝祭の日にはいつも音楽が欠かせない。その競演には人だかりができて、興奮に包まれる往時の情景は19世紀中ごろの紀行文にも描写されている。
現在のバグシは二弦の撥弦楽器ドゥタールdutar を弾きながら歌う【図2】。その演奏には大抵もう一人のドゥタール奏者と三弦の弓奏楽器ギジャークgyjak 奏者が加わり、通常このトリオで奏される。バグシの祖先と言われているオグズ族の「オザンozan 」と呼ばれた放浪の語り部の時代から、広くテュルク民族に伝えられている『ゴルクト・アタ』の英雄譚はつとに有名で、トルクメニスタンでは『ギョルオグルィGörogly 』と呼ばれている。また、18世紀前半に現在のイラン北東部ゴンバデカーブース近くのハッジゴゥシャン村で生まれ、ヒヴァのシルガズ・マドラサで学んだマグトゥムグリMagtymguly
Pyragyの詩は現在まで国民に愛されており、バグシも好んで歌ってきた。トルクメンは多くの詩人を輩出しており、詩への愛着が特に深い。バグシ歌謡には遊牧社会の日常や恋慕の情、また人心の機微といった人生の哀歓や教訓が込められている。
バグシの歌ではトルクメンならではの発声法がきかれる。叫びのような感嘆句がポルタメントのように下降したり、アルクィム・ソズalkym söz と呼ばれるしわがれ声や、サクディルメクsäkdyrmek といわれる擬音の挿入など特異な表現もある。拍節的な部分に自由なフレーズの引き伸ばしが入ったり、また随所で変拍子が起こり、その音楽構造や旋律は単純ではない。トルクメンの聴衆はそのようにして歌われる歌詞に耳を傾け、バグシの感情の昂りに心を重ね合わせてきた。バグシの歌に即妙に合わせるドゥタールとギジャークの絡み合いもトルクメン独自のもので、プロフェッショナルな三つ巴の響きは聴きどころの一つといえよう【図3】。
ドゥタールは、桑の木で作られる。昔は絹糸が張られ、すこぶる小さな音量であった。現在では、スチール弦が用いられ、棹にはペルデperde と呼ばれるガットが巻かれている。演奏は二弦の楽器とは思えないほど高度な演奏技術が駆使される。独奏では「ムカームmukam 」と呼ばれる技巧曲が中心で、幼少からの修行による熟練の技が尽くされる【図4】。
【図2 トルクメンのドゥタール】 筆者撮影
【図3 現代のバグシ歌謡】 筆者撮影
【図4 トルクメンのドゥタール奏者】 筆者撮影
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【動画1 :ドゥタール独奏】(撮影:瀧知也)
ギジャークはイランのカマーンチェとほぼ同じ構造で、昔は匏の中身を取り出し乾燥させて共鳴胴に用いていた。現在では楽器職人による桑材による接ぎ木細工で製作される。弓は馬の尾の毛が用いられている。匏の使用例はキョネ・ユルゲンチの博物館で確認できる。
これらの楽器はソ連時代の1930年代から改良され、特に小型のドゥタール・プリモprima dutar はピアノ伴奏で愛奏されるようになり、弦数が四本に増えたギジャークとともに、ソ連時代には民俗楽器オーケストラの主要な楽器として、旧モラネペス劇場やフィラルモニアなどで好んで演奏されるようになった。音楽専門教育機関における伝習では、五線譜による教則本も用いられる。
10-2-2 饒舌な葦笛
トゥルクメンには、トゥイドゥクtüýdük という無簧の縦笛もある。茎の太い葦を80センチほどに切断し、湯に通した後で中の節を焼き鏝で刳り貫いて、天日で乾燥させた葦茎の下方に、表に五つ、裏に親指をあてがう指孔を一つ空けて作られる。トルコやイランでみられるネイである。上部の吹き口に丸い真鍮製の円筒をかぶせ、その開口部に舌を半分あてがって息を吹き込む。息吹の混ざった独特な音がする。トゥイドゥクの曲は静と動のコントラストが鮮やかで、メランコリーに満ちた曲想が多い。息の長い下降旋律のフレーズが目立つ。現在、トゥイドゥク奏者は激減しており、名人と謳われた故バクィ・マシャーコフBaky
Maşakowの流派が細々と続いている【図5】。なお、この楽器にはイスカンデル・ズリカルネイン(アレクサンダー大王)にまつわる伝説があり、イスラームが席巻するはるか以前に由来する可能性もある。カザフのスブズグ(同類の笛)との関連性が指摘されてきたが、スブズグという竪笛がカスピ海沿岸北部一帯から北カフカースの地域まで散見されることに対し、トゥイドゥクの呼称はトルクメン独自のものである。その指孔の間隔には古代バビロニアの尺度法が適用されている説もある。元来、牧童の楽器であったが、近隣のブハラの細密画には細長い竪笛奏者が描かれており、宮廷での奏楽にトゥイドゥク奏者が加わっていた可能性がある【図6】。マルィ州一帯のみに伝承されてきた事実とともにきわめて興味深い。
トゥイドゥクと言えば、一般にこのガルグィ・トゥイドゥクgargy-tüýdük を指す。有簧で甲高い音が特徴の、ごく小さな竪笛ディッリ・トゥイドゥクdilli-tüýdük や、同じく双管のゴシャ・ディッリ・トゥイドゥクgoşa dilli-tüýdük の伝承はもはや殆どみられなくなってしまっている。
【図5 ガルグィ・トゥイドゥク (奏者:C. Jumaew)】 筆者撮影
【図6 細密画に描かれた縦笛奏者】
“Resting in the lap of Nature.” F-3a;“Hamsah”. Saltykov Shchedrin Public
Library (Saint Petersburg: Sankt Petersburg), inv. PNS272, Bukhara, 986-987
hejira/1578_1579 A.D. 21× 33.5cm
10-3 新生トルクメニスタンの音楽事情
さて、現在のトルクメニスタンでは民族史を新たに見直す機運が進み、かつてトルクメンには見られなかった、主にアラブやトルコの古典音楽で用いられる楽器による合奏が盛んに聞かれるようになっている。近年、トルクメニスタンで公にされた中世の音楽理論家アル・ファーラービーはトルクメン人であった、という見解もナショナリズムの反映から生まれたものであろう。昨今の舞踊音楽や器楽アンサンブルは、独立後に進んだ新たな歴史認識が絡む芸術の新創造とみなすべきだろう。
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【動画2:トルクメニスタン国家芸術家ジェマール・サパーロヴァ舞踊楽団の演奏】(撮影:瀧知也)
※注記:ここではトルコのバーラマや旧ソ連時代に流入したアコーディオンなども演奏されている。楽団には2004年ぐらいから西アジアの楽器が新しく採り入れられるようになった。
(参考文献)
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